姫と執事の話
5
その後リーシャは、以前ピクニックに持っていったことのあるかごに綿とハンカチを数枚敷き詰めた中に入れられサンジェスの部屋に来たが、目の前からかごのあみ目が消えることはなかった。
「サンジェス。外に出たい」
「駄目です。あなたのことですから、大人しくしていると言ってもそれを守るとは思えませんので」
ぶーと頬をふくらませたが相手にされず、仕方なく立ち上がった。
かごの置かれた所は仕事机のようで、見上げると、サンジェスの顔がよく見えた。
なんとなく、外に出てもずっとここにいたような気がして、先ほどの怒りは少し解消された。
かごに寄りかかり、書類仕事に集中しているサンジェスを見つめる。
一言を会話はしていないが、とても穏やかな心地だった。
そして、時折こっちに目を向けられると、それはウキウキと楽しげなものになる。
そんなことを何度か繰り返したとき、不信そうな顔を向けられた。
「どうかしたのですか? じっとこちらを見て……」
こうもじっと見つめ続けられては気になって仕方がない、と言われると、いや、となんのことはないという風に答えた。
「サンジェスの顔は、おっきくなっても、どこから見ても、きれいだなぁ、と。やはりサンジェスは世界一だ」
「ありがとうございます。ですが姫……そういうことは、いずれ迎えられる国王補佐に言うべきことです」
ウィンドベル王家は男女関係なく、第一子が王位を継ぐことになっている。
そしてその伴侶となる者は、国王補佐という役割を与えられ、常に王の側に居て王を支えることとなる。
そんな国王補佐に今のような言葉を言うものだとサンジェスは言った。
「だからサンジェスに――」
「俺に言うことではありません。……俺は、そのような立場ではありませんから」
「…………」
――そりゃあ、あのお方優しいもの。姫さまを傷つけるようなことはしないわよ。
昨日のメイドたちの話しが脳裏をかすめる。
サンジェスに背中を向けてストンと座り込み、かごに背をあずける。
「……姫」
「眠くなった。ベッドで寝たいから運べ」
「分かりました」
煩(わずら)わしいものものがなくなった、とでも思ったのだろうか。
サンジェスは何も言わずに寝台まで運んでくれた。
態度が急に変わったというのに何の反応もない。
つまりはそういうこてだ。
サンジェスにとって自分は、ただの“姫”でしかないということ。
ハンカチを頭までかぶり、ぐっと唇をかむ。
今、ここで泣くわけにはいかない。
泣けばサンジェスが優しくしてくれる。
なんとなくだか、それだけは確信をもてた。
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