姫と執事の話
花
夜は冷え込むが、昼間はすっかり暖かくなってきた春先の、ある日のこと。
「姫様。さぁ、お勉強の時間――」
家庭教師がドアを開けると、そこには……誰も居なかった。
ふいをついていつもより早めに来てみたのだが……。
どうやら、相手の方が一枚上手だったらしい。
ガックリと肩を落とした。
今日は、いったいどれだけ待たされるのだろうか……。
一方の王女リーシャは、庭から部屋の窓を見上げ、ペロリと舌を出した。
「こんな天気のいい日に、勉強なぞしてられるか」
サボりながらの散歩、というスリルは、一度ハマるとなかなか抜け出せるものではない。
そんな気分でいると、小さな林のようになっている場所に、人影を見つけた。
隠れる所も見付からず、諦めて捕まりに行くが、人影は動く様子をみせない。
「?」
気になって近付き顔を覗き込むと、
「!」
かるく目をみはった。
思わず上がりそうになった声は、両手で口を押さえることによってなんとか呑み込む。
黒い執事服に、濡れた黒鳥のような髪。
閉じたままの本をひざの上に置いて、サンジェスが眠っていた。
「…………」
気付かれないように、と息をひそめる。
なんだか、いけないことをしているような気もしたが、普段はこんなふうに見つめることはできないから、チクチクと痛む良心は、気付かなかったフリをした。
つり目がちなその目も、今は閉じられていて、
(こんな顔をして眠るのか)
とほうと息をついた。
起きているときの顔と比べてみたいものだとも思ったが、それでは見つめることができなくなる、とガマンすることにした。
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