版権作品
5
「でも本当に驚いた」
「……うん」
「そういえば光ちゃんたち元気? 最近なかなか会えなくて」
「……うん。元気だよ。相変わらずのラブラブぶり」
「へぇ……」
「……うん」
「……」
「……」
たびたび沈黙がはさまれる。
ハンドルを握る華澄が、こちらを気にしているのが分かる。
頭のなかで
(華澄)
と何度も繰り返すのだが、どうにも声にならない。
(“さん”をとるだけじゃん……“さん”を……)
それがカンタンに出来ないからこそ悩んでいるわけだが……。
はぁ、と大きくため息をついた。
車は五分もせずに一馬の家に着いた。
もう少し遠くに住んでいたかった、とこの日ばかりは思う。
が、すぐに降りないと相手を不審がらせるだけか、とドアを開ける。
降りてから運転席側に回り込む。
華澄が窓を開けた。
「じゃあまた。華澄、さん」
「ええ」
「……」
「……」
「……」
なんとなく、今日を逃したらこの先ずっと何も変わらない気がする。
スウッ、と息をすった。
「あのさ!」
「なに?」
華澄はいつもどおり微笑んでいる。
「今はまだ情けないけど……卒業して、就職して……あと、もっと自然に名前で呼べるようになったら……その……」
「え……?」
「……プロポーズするから!!」
「え――」
「だから、それまで待っててほしいんだ……かすみ」
「え……あの」
「――それじゃあ!」
くるりと背中を向けて、家の中へ駆け込んだ。
玄関の扉を閉めると、まもなく車が走り去る音を聞いた。
自室へ戻りベッドに仰向けに倒れこむと、とたんに体が重くなったように感じた。
はぁっ、と息をつく。
(驚いてたなー)
腕を目もとに押しあてて、先ほどのことを反芻(はんすう)する。
「がんばんねーとなー……。じゃないとプロポーズすら……――」
――プロポーズするから!!
「――!?」
慌てて起き上がる。
「…………………………………………」
“さん”付けをやめようと名前を呼んだだけのわりに、彼女が思った以上に驚いていたのはこういうことか。
と、どこにいるのか、冷静な自分がそう判断する。
そのあと一馬は、枕に顔を埋(うず)めて足をバタバタしてあばれ、そのままの状態で眠りにおちてしまったため、届いていたメールに気付かなかった。
ありがとう。
プロポーズ、楽しみにしています。
華澄
《END》
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