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藤(庭)
Feed a cold and starve a fever.(森銀平、ことり様リク)
彼の異変に気付いたのは、やはり森田鉄雄だった。
「銀さん」
「・・・なんだ」
いつもよりわずかに遅れた返答。いつもより少しだけ遅い足並み。いつもより鈍い回転。微細な変化でも重なれば、違和感は胸中に膨れ上がっていく。思わず腕を掴めば、振り払われることもなく、銀二はぎくりとして固まった。森田はますます確信した。
「具合、悪い?」
「・・・はっ」
笑い飛ばすのがうまくいかずに苦い顔をして銀二は視線をそらした。そっと伸びてくる森田の手に身を硬くしながら。暑いはずの森田の手の平がやけに冷たく感じたのは、自分の額が熱いからだろう。
「熱、あるじゃない・・・」
「ほっときゃいいさ」
「そんなわけ、いかないよ」
困ったように森田は眉を寄せた。この人が大人しく寝てくれるとは思わない。けれど、思った以上に平井も自分の体調を重く感じているのか、ため息とともに寝る、という小さな声が漏れた。
「なにか、いる?」
「・・・いらねぇ、寝とけば治るだろ」
自室のベッドに倒れこみ、それから浅く呼吸を繰り返している。布団をかけながら見れば、顔色も赤いというよりはいつもより白く、森田はうろうろとリビングと台所を行き来した。必要な物は薬と、飲み物、それから後はなんだろう。ごそごそと家捜ししても探すものがわからなければい、意味はない。自分が熱を出しても、やっぱり寝て治すタイプなので何が必要なのか今ひとつわからない。誰かに聞くにしても、時間はもう遅い。仕方なく、森田は受話器に手を伸ばして、押し慣れないボタンで電話をかけた。

なら、今からいってやるよ、という言葉を貰って、これで一安心だろうと思ったとき、ようやくその声に気がついた。何かあっても気付けるようにと銀二の部屋のドアは少しだけ開けておいた、そこからくぐもった声が漏れている気がする。はじめは呼ばれているのかと思ったが、どうやら、何か話しているらしい。
「銀さん?」
「あぁ・・・そうですね・・・くくっ、貴方もお人が悪い・・・」
覗き見れば、ベッドに横になったまま、銀二は誰かと電話しているようだった。口調と内容から察するに取引相手のようだ。これには流石の森田もぐぐっと眉に力がこもるのを止められなかった。具合が悪いのに、まだ仕事の話なんて。携帯取り上げておくべきだったと思いながら、森田は銀二に近付いた。だるそうに銀二がこちらと目を合わせた。熱のせいか潤んだ瞳は、いいから、黙ってろと言わんばかりで、それが森田の癇に障った。今すぐ電話を奪ってやろうかと思わないこともなかったが、それでも電話が終わるのを静かに待っていたのは、自分が我が儘な子供ではなく、貴方の相棒であることを、自分自身に主張したいからだ。
熱いのか、シャツを捲くって白い腕が露になっている。髪も乱れて、けれど声だけはいつもと変わらず淡々と話している。小さく点けられたスタンドの光が部屋を緩く照らしている、何か、勘違いしそうな雰囲気だと、頭の隅で森田は思った。
けれど、それも電話が切れるまでで、終話ボタンを押したと同時にやけに子供っぽい言葉が飛び出してしまう。
「・・・なんで、そんな具合悪いのに、電話なんかしてんの」
自己嫌悪になりつつも、苛立つのを止められない。
「向こうは、オレがどんな状態で、どこにいるのかなんてわかりゃしねぇんだ。わざわざ状況を教えてやることもねぇだろ」
それはそうなのだ、と森田も分かっている。けれど、そんな辛そうな顔しながら、仕事なんてして欲しくない。
「電話、オレが預かるよ」
「・・・断る」
携帯電話をスタンドの下に置けば、銀二はくったりとベッドに横になった。それでよく話せたものだと感心しそうになるが、そういう問題ではない。
「薬と、飲み物置いておくから。適度に取ってよ」
「・・・おう」
サイドテーブルに置けば、視界に入る携帯電話、手を伸ばそうとすれば止められた。大して力のこもっていない手で掴まれても、振り払うのはたやすい。しかし、森田は振り払うことなく、逆にベッドに乗り上げた。
「森田っ」
「自分の体調は一番アンタがわかってんでしょうっ」
「・・・はっ、何苛立ってんだ」
「わかんねぇ」
今日だって一日一緒にいたのに、銀二の不調に気付くことができないことか、それとも役に立てないことか。ベッドの上に馬乗りなんて銀二を見下ろせば、彼はどこか怯えたような表情を見せて、それがとてつもなく胸をざわつかせた。
「何、泣きそうな顔になってんだよ」
銀二は困ったように笑いながら、先程森田を制した方の手で頬を撫でた。体温が高いはずの彼の頬はいつになくひんやりしていて、相対的に自分の熱の高さを思い知った。
「たかが風邪で・・・」
「でもっ・・・銀さんには元気で居て欲しいんだ・・・そんな顔して欲しくないっ」
「オレだって風邪ぐらい引くさ」
「けどっ」
「森田」
静かに彼は笑った。
「大丈夫だ」
森田はたまらなくなって口付けた。はじめは重ねるだけ、それが深くなるのにさしたる時間は掛からなかった。


「なっ・・・にやってんだ・・・」
最初の方に驚きを、語尾にはため息を乗せて、平山は薄暗い部屋の前で立ち尽くした。呼び鈴を鳴らしてもでてこないのは変だと思ったが、まさか中でそんなことをしているとは思わなかった。
「ひ、らやまっ・・・!」
目を見開いて、呆然とする銀二であったが、心境的には呆然としたいのは平山の方であった。確か、銀二が風邪を引いて、体調悪そうだから、何か必要そうなものを買ってきて欲しい、そんな内容で電話を受けたのに、なんで目の前で肌蹴た格好で絡み合っているのか、ちょっと意味が分からない。
森田が、「あー・・・そうだ、平山さん、呼んだんだった!」と間の抜けた声を出すものだから、銀二はただでさえ力の入らない足で思い切り森田を蹴飛ばした。中途半端に脱げたズボンとシャツに絡まって、ドスンとベッドから落ちるが知ったことではない。
「・・・大丈夫、だ」
「・・・あぁ、大丈夫そうだな、銀さん」
平山は森田の首根っこを掴んで、思い切り引っ張った。図体のでかい男を運ぶのは苦労するが、致し方ない。
「ちょ、待って!まだ挿れてもないのにっ!」
「黙れっ!」
低い声で銀二が怒鳴れば、平山はやれやれと首を振った。
「森田は着替えを用意してこい、それから、テーブルに食材載せてあるから。ったく、病人に運動させるなよな」
部屋から追い出して中から鍵をかければ、森田はすごすごと引き下がった。ようやく部屋に沈黙が訪れる。銀二は居心地悪そうに背中を向けて横になった。初めて会ったときから、平山よりは上だというプライドや自覚があったから、あのような表情を、それも押し倒されてる自分を見せてしまったのは、不覚であった。もっとも、それを気にしているのは銀二だけなのだが。
「銀さん」
「なんだ」
自分から呼びかけておいて、何も言わない平山に居たたまれなくなった銀二は仕方なく、振り向いた。
「平山?」
「・・・あ、いや・・・」
なぜだか赤くなって平山を見て、ますます不審そうに眉を寄せる。平時であれば、その理由も見当たっただろうが、熱のせいで鈍くなった判断力ではわけがわからかった。
「・・・なんだよ」
「元気、だなぁと」
「元気じゃねぇ、風邪だ」
「・・・じゃなくて、さ・・・森田とよく・・・するのか」
赤くなりながら言うことに、熱が増した気がする。がくりと力が抜けて、枕に頭を預けた。何を言おうか考えるのもめんどくさくなって、そのまま目を閉じることにする。
「・・・教えてやる義理はねぇ」
「どっちが上?」
「・・・はぁ?」
思わず目を開ければ、真剣な平山と目が合った。大方興味があるのだろう。あの銀王が大人しく下になるわけないとでも思っているのか。
「・・・森田、なのか?」
「・・・気分だろ、そんなの」
うんざりと銀二は言った。頭がくらくらする。それに寒気も。中途半端に汗をかいて、中途半端に熱を上げたから、やたらと疲れた気がする。今なら眠れそうだ。隣に人を置いたまま眠れることはほとんどないが、平山と森田は数少ない例外だった。霞がかる思考で、思いついたことをそのまま深く考えずに口に出す。
「まぁ・・・お前は、下だな・・・」
「知ってるけどさ」
「・・・オレよりはお前の方が・・・可愛いだろうよ」
「・・・え?」
「・・・わりと好いてるんだぜ、これでも・・・」
「えぇっ・・・?!」
「じゃなきゃ・・・何十年も・・・凡人を傍においてやったりしねぇだろ・・・」
くたりとそのまま何も発しなくなった銀二を見て、口元を手で押さえる。赤くなる顔と早くなる鼓動を止められずにいた。顔が綻びそうになるのを全力で押しとどめる。ドアの向こうで小さな声で森田が呼んでいるが、答えてやるわけにはいかない。せっかく眠りに落ちた銀二のためにも、自分のためにも。
付き合いが長い彼にそんなこと言われたのは初めてで、平山は所在なさそうに上を向いた。

「反則だって、銀さん・・・」



終わり


一万ヒット記念リク
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