[携帯モード] [URL送信]
あの日とこの日のおにごっこ。(まいご様)


『あの日とこの日のおにごっこ。』


空を向いて息を吐けば、白い気体が舞っていく。すぐに消えたそれに続けてもう一度。
夕方6時過ぎ、今日から始業のサラリーマンが一日の業務を終え帰路に着く時間に、水谷は駅前で人を待っていた。
ズボンのポケットから携帯電話を取り出し時刻を確認する。待ち合わせ時間から五分経っており、待ち合わせ場所の確認の為にメールボックスを開く。
駅前、改札口過ぎて右手の看板の前。
背後の口紅宣伝の看板を肩越しに見上げて携帯電話を閉じる。
あと五分待とう、と思って正面を向いた時、見知った人物を捉えた。
「ごめん水谷くん!待った!?」
ヒールの高い靴で駆けてくる姿に慌てたが慣れたように水谷の前に立ち止まる。スニーカーで走り回る姿が一番印象強いが、もうあれから3年以上経っていることを改めて感じた。
「しのーか。いんやー今来たとこー」
白い息を乱して吐きながら整える篠岡にへらりと笑う。篠岡も少し笑いながら、けれど眉尻を下げて申し訳なさそうに頭を下げた。
「時間指定したのはわたしなのに、遅刻しちゃってごめんね」
「いやいやマジで全然待ってな、」
「ごめぇん水谷くぅん待ったぁ?」
左から聞き慣れた声がし、向くと阿部がにやにや意地の悪い笑みを口元に張り付けて立っていた。その隣には同じように笑う花井が腕を組んで立っている。花井は組んだ腕を外し、体をしならせて阿部の言葉を継ぐ。
「うんっあのねー五分くらいなんだけどぉ待ってたーちょう寒かったぁー」
「なんでカマっぽいんだよ!つかなんで知ってんだよ!」
寒さから鼻の頭を赤くしていたが、それよりも頬を真っ赤にして水谷が喚く。阿部と花井は同時に視界に入るコンビニを指差した。
「あそこのコンビニで立ち読みしてた」
「右に同じー」
「俺が見えてたなら出てこいよ!」
「やだよ篠岡まだ来てなかったし」
「さみいし。男三人で固まっても余計さみいし」
「あーさみぃわーその空気さみぃわー」
阿部はマフラーに顔下を埋め、花井はコートのポケットに手を突っ込んで二人で笑う。篠岡は三人のやり取りをにこにこと見守っていた。
「そんなことないからね?待ってないからね?」
慌てて言う水谷に篠岡は笑顔で頷く。
「うん、ありがとう。行こっか」
歩き出す篠岡に水谷と阿部はついていく。それと同時に花井の携帯電話が鳴り、半歩遅れて花井が電話しながらついてくる。
「もしもし、…ああ、うん」
花井の歩幅は段々と狭くなっていくが、篠岡と阿部は変わらぬ歩みで人混みを掻き分けていく。水谷がたまに振り返ると花井が気付いて電話しながら手を振るが、もう会話は雑踏に混じって聴こえない。
「な、な、花井の電話相手って彼女?」
「はぁ?何でそうなんの」
阿部の隣に立ちこそこそと聞くが、阿部の反応は訝しげでまるで電話の相手が誰だか知っているようだ。
「花井くん彼女いるの?」
篠岡が振り返って問い、阿部と水谷は自然と彼女の両隣に立つ。すれ違う人の肩や荷物が時々ぶつかった。
「いやなんか親しげに話してるみたいだから」
「前に会った時は欲しいっつってたけど」
「彼女ほしーよなー…しのーかは、彼氏は?」
少し緊張した声が出た。水谷が白い息を吐くのを一瞥して、篠岡はいつもの笑顔で言う。
「いないよー」
安堵の息が漏れ、慌ててそっかと相槌を打つ。すると背中にずしりと重たい何かが乗り、水谷は歩む右足に咄嗟に力を入れて踏ん張って止まる。
「な、なっ!?」
「花井」
「うへへ水谷ちょう子供体温んん」
水谷の背中に体重をかけた花井が露になった水谷の首に冷えた両手で触れた。道の真ん中で水谷が情けない悲鳴をあげ、周囲何人かが振り返る。
「ちょ、花井!」
「おっと」
抵抗で蹴りあげた足は難なく躱され面白くない。花井は阿部の後ろに回り温もった両手を擦る。
「水谷あったけーわー」
「花井時々うぜー!」
な、と隣の篠岡に同意を求めると、ね、と短く返事がくる。その奥で花井が阿部に何か耳打ちしているのが視界に入ったが、どうせ仕様もない事だろうと無視した。
「そういえばまだなのかな、居酒屋」
「もうちょっとだよー」
「水谷、鬼ごっこしようぜ」
篠岡越しに阿部の顔が覗いた。その言葉といつもと違う爽やかな笑みに目を丸くする。
「はぁ?なにそれ」
「俺を捕まえたら今日奢ってやるよ」
「マジ!?やるやる!」
大学生にとってこの上無い釣り文句だ。水谷は深く考えずに阿部の提案に乗った。
花井が水谷を羽交い締め、阿部がふらりと雑踏に飲み込まれていく。
「あれ、花井たちは?」
「居酒屋で待ってっから。阿部見失うなよー」
花井の腕から解放され、阿部の赤いマフラーを目印に駆ける。
新年の人波は、何処と無く浮き足立った雰囲気を感じた。サラリーマンを除けば、割りと笑顔の人が多い気がする。
「おーにさーんこっちらー」
阿部まで数歩というところで店と店の間の路地に逃げられる。抜ければまた人混みの中。一定の距離を阿部は保っていた。
こんな光景、どこかでも見た。水谷は思いながらぶつかりそうになった女性に謝りながら前を見る。
高校の1年の冬。誰が温かい飲み物を買ってくるかで、花井と阿部と三人で鬼ゴッコをした。走り回ったお陰で温かい飲み物は買わなかったけれど、自動販売機にお金を入れる音と二人の笑顔を覚えている。
あれは、いつのことだった?
「水谷!」
呼ばれてはっと思考を止める。汗をかいて暑くなったのだろう阿部が立ち止まってマフラーを外しながらにやりと笑った。
「ゲームオーバー」
阿部の後ろで篠岡が手を振り、花井が携帯電話を耳に当てて誰かと会話しながら手を上げた。
「へ?」
「ここが居酒屋だよー」
見ると小綺麗な暖簾のかかった店の前にいた。辺りを見回すと、知った景色だ。
「なんだ駅から近いじゃん!」
事前に篠岡から聞いた話では、駅から少し遠いし水谷くんは分からない場所だから一緒に歩きながら行こう、ということだった。
走ってじわりと手に浮いた汗を擦りながら水谷は笑う。
「しのーかぁ。俺もここらへんは知ってたよー。あ、実はみんな行き方は知らなかったんじゃねぇのー?」
阿部は花井の隣に立ってマフラーを肩にかけ、花井は電話を終わらせ篠岡を見下ろす。
「阿部がいきなり鬼ゴッコなんて言っておかしいと思ったんだよなー。行き方をケータイで検索かけてた、とか?」
「…言っちゃう?」
「いんじゃね?もう」
「ん?図星?」
一歩足を出した瞬間、篠岡の満面の笑みとかち合った。
「水谷くん、誕生日おめでとう」
「へ」
思わず歩みを止める。続けて花井と阿部が口を開いた。
「おめでとう水谷」
「やっと俺らに並んだなー」
「え、ちょ、え?」
「新年会兼、水谷くんの誕生日パーティーなんだよー」
「えええー。なんだよみんな忘れてんのかと思ってたわー」
会った時に誰も何も言わないし、と水谷が口を尖らせると、三人が顔を見合わせ笑う。
「やっぱり驚かせたいから」
「ちなみにケータイで話してたのは栄口な!まだ集まってないから足止めしとけーってな」
「足止めが鬼ゴッコってのも変だけどな」
篠岡が水谷の腕を優しく掴む。引っ張ってにこりと笑い、店の前に立たせた。
「扉、開けて。みんな待ってるよ」
おめでとう、と再び言われた。つい涙が浮いてきたが、堪えて笑いかける。へにゃりと崩れた笑いに篠岡も一層笑顔になる。
扉の取っ手に指を掛けたとき、また高校の頃を思い出した。


高校の1年の冬。
誰が温かい飲み物を買ってくるかで、花井と阿部と三人で鬼ゴッコをした。自動販売機に着いた頃、追いかけられていた花井が足を止めて鬼役の二人に言う。
「なぁ、もう寒くなくね?」
「たしかに…」
「誰だよ鬼ごっこなんて言ったのー!」
走り回ったお陰で温かい飲み物は買う必要がなくなった。けれど、阿部と花井が自動販売機にお金を入れ、水谷も流れに沿って財布をズボンの尻ポケットから出そうとした時、目の前にパックのジュースを差し出された。
「え?」
「イチゴオレ」
「ココア」
「え、なにくれんの?」
両手で受け取ると、走って熱を持った体に丁度いい冷たさが手のひらから感じた。
二人は少し照れ臭そうに笑い、同時に言った。
「誕生日、おめでとう」
その言葉に驚いて丸くした目に笑顔が映る。不意に胸が熱くなって泣き出したくなったが、堪えて水谷も笑う。
お礼の言葉は震えていたが、笑顔だけはぶれなかった。





あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!