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stage16
ナマエは目覚めた。



ここは、どこだろう、私は、誰だろう?



身体を起こして、目を擦りながら辺りを見回す。


整った本棚、鏡のついたクローゼット、傍らには机。
カーテンの隙間から差し込む淡い朝の光が、照らされた埃に揺れている。
本当はもう一つベッドが備え付けられているのだが、左半分はぽっかりとスペースが空いている。元々は二人部屋なのだ。


一人で使うには少しだけ大きすぎる部屋、アッシュフォード学園寮の、自分の部屋だ。


なら、今の自分はミョウジか――、そう確認すると、もぞもぞとベットから抜け出した。

うん、とひとつ背伸びをして、何気なく見る。

と、床に黒い上着と、短いキュロットが中身を失ってへたれている。

それは、女子学生の部屋には相応しくない、黒の騎士団の制服だった。



「やっば、脱ぎっぱなしだった……」



まずいまずい。

そのままにして、誰かにでも見られたら大変なことになる。



急いでその二つを拾い上げたナマエ。

クローゼットにしまっておこうと抱えて歩き出す。

と、ベットの前を横切った所で、もう一着別のものが足に絡みついた。
驚いて見下ろす、すると何とそこにあったのは、黒い大きな布切れ。
裏地は真紅、全体に、雷を思わせる鋭いカットと黄色い縁取りがされている。



「ゼロのマント……!? うわぁ、昨日貸して貰ったまま持って帰っちゃったんだっけ?」


山奥での作戦で、寒いだろうと彼に貸して貰ったそのマント。

アジトに戻ってきたのはいいが、周囲の気遣いでナマエはそのまま家に帰ることになり、ゼロも後処理で大変忙しそうだったため返す隙がなかったのだ。



「……どうしよう」



人目に触れたら、特にブリタニア人の目に触れたら、仮装だとか言い含んでも白い目で見られそうな代物だ。

とりあえず丁重に隠しておこう。

そして、ゼロには、次会う時に洗濯してアイロンかけて返せばいいのかな。
よくあるハンカチとか体育着よろしく。



――そんな呑気なことを考える相手じゃないか。クラスメイトじゃあるまいし。



でももし、次の作戦でゼロがマントなしで来たら面白いだろうなぁ。
一着しか持っていないわけじゃないだろうけど。



そう思って一人で笑いを浮かべながら、ナマエは自分の黒の騎士団の制服と一緒に、ゼロのマントも皺を伸ばしてしまっておいた。



次いで、入れ替えるように今度はアッシュフォードの制服を取り出す。

ぼん、とベットに投げ出しておくと、顔を洗うためナマエは洗面台へと向かった。




――正直、自分の目覚めた所で今の自分がわかるって、すごく変なことだと思う。



でも、二重生活で疲れすぎていて、連日ベットに倒れ込む前の記憶がほとんどないのだからしょうがない。


この部屋で目覚めたのなら、昼間の自分、学生のナマエ・ミョウジ。



狭い仮眠用ベッドの上で目覚めたのなら、夜の自分、黒の騎士団員の苗字ナマエ。



ブリタニア人と日本人、日常と非日常、敵対する二つ。
そのいくつもの狭間に自分はいる。



ほつれた髪を整えて歯を磨き、とりあえずの外面は完成。

髭みたいに口に付いた歯磨き粉を拭いながら、鏡を覗き込んでみる、すると思わず頬を引きつらせてしまった。



隈が、明らかにその色を深く深くしている!



目元を引っ張ってみても、擦ってみても、化粧じゃないのだから、それが取れる訳がなかった。
睡眠時間の欠落による、二重生活の思わぬ弊害、という奴か。
まさしくパンダ。目の下に「くま」猫。



でも、授業をちょっと睡眠に当てさせて頂ければ、もう少しぐらい薄くなりますよね?



どうすることもできないので、そんな希望的観測しか気分を救ってくれるものはない。

ナマエは溜息をつきながら、寝間着を脱ぎ、制服に袖を通した。

何となく裏地の感触が固い。
関節の部分が強ばっているような気がした。
どうも、自分の身にしっくりこない。
変に別の誰かが着ていたみたいだった。


作戦の前は、ちゃんと学生やっていた筈なのに。
一限目までで、後は早退したんだけれどもね。
だが、その昨日を随分遠く感じる。



鞄を取って教科書をかき集める。
数学が足りない。
教室に忘れてきたんだろうか。

もう一つ、宿題のプリントも、やりかけなことに気が咎められつつ――まぁいいか。

後で誰かに写させて貰おう。
スザクと一緒に、ルルーシュにお願いするのもいいだろうし。
そのほぼ白紙に近い紙切れも一緒に、突っ込んでしまう。



鏡を一瞥、全身を確認し、もう一つ、時計も確認する。
まずまずの時間。
始業にはまだ余裕があった。
ナマエはほっとして、ゆっくりとドアノブを捻って部屋の外に出た。



扉を閉め、鍵をかけるために一度振り返る。
すると、一枚のメモが目に入った。
ドアにセロテープで貼ってある。
何だろう、とそれを剥がすと、綺麗な字でメッセージが書いてあった。



署名を見ると、「ミレイ」、と。




「生徒会室に教科書の忘れ物!」




「ああ、生徒会室、だったっけ」



そういえば、一昨日生徒会の仕事の合間にそこで広げていたかも。

もう一度時計を見る。
確かに始業には時間はある、でも、クラブハウスに寄っていくというオマケ付きならば?



「……走るしか、ないか」


寝不足だって言うのに騒がしい朝を憎らしく思うも、否応なしにナマエはクラブハウスの方向へと駆けだしていった。











その頃。



「……咲世子さん? 今日の授業は二限目からじゃ……」



クラブハウス内のランペルージ兄妹の部屋、突然響いたドアの開閉音。

不思議に思ってナナリーの問いかけに答えるのは、――ひどく乾いた、手を打つ音ばかりだった。



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