黄昏に舞う紅 鼻を衝く薬品のような臭いに、アキラは目を開けた。 清潔感のある、いかにも何かを研究しているといわんばかりの場所。アキラはその白い床に、力なく寝転んでいるように倒れていた。 いつもと違う雰囲気に違和感を覚えつつ起き上がる。ぼやけていた視界がやがて晴れていき、その先で自分を見下ろしている男に気付いて思わず睨みつける。 「お目覚めですか?」 「…っ」 反射的に後ずさろうとしたが、思うように身体が動かない。 手は後ろに回され、鎖のような錠のようなもので拘束されていた。 「暴れられては困りますので、拘束させて頂きました」 捕らえられていた手を解こうと暴れると、殴られた頭に痛みが走り、びくんと身体が震えた。 アキラの様子を見てか、男の口元がつりあがる。 「やはり…美しい」 顎をなぞるように滑り落ちる手に、肌が総毛立つ。 「なに、言って…」 男の目が異様な光を帯びているように見えて、アキラは言い知れぬ恐怖を感じ、身体が強張る。 「言葉のままです」 「…?」 「実に美しい。あのシキという男も、そして――貴方も」 「…ッ」 美しいと、そう耳ともで囁かれ、改めて身の危険を感じる。 トシマでも幾度か感じた、男がまとう独特の雰囲気。唯一自由な足で男と距離を取ろうと後ずさる。男の口は更につりあがり、薄く開いた唇から笑い声が漏れた。 「上から好きなように処分しろと言われましてね。殺してしまおうかとも思ったのですが…」 言いながらも近付いてくる男から逃れようとしたが、直ぐに背を壁にぶつけてしまい、これ以上逃げられないと焦燥感に駆られる。 「想像以上に美しいものですから…、可愛がって差し上げようと思いましてね」 可愛がるという言葉に反応して、全身に悪寒が走りぬける。 「そそりますね…」 低く笑って、男はアキラの上着に手を忍び込ませる。 冷えた指先が胸の突起に触れて、ぞくんと背筋が凍る。 「…やっ」 初めは優しくなぞるように這っていた指が、次第にアキラの反応を試すような、ゆっくりと焦らすような動きへと変わる。 「…やめ、…ッ」 心とは裏腹に、身体は素直に反応する。 「時間は経てども、身体は覚えているのでしょう?快楽というものを」 「痛ッ!」 鎖骨に噛み付かれて、沁みるような鋭い痛みがアキラを襲う。 「やっ、めろ!」 「何故です?あの廃人の代わりに可愛がって差し上げるのです。不満ですか?そうとは思えない反応ですけどね」 「くっ…」 この男は、果たしてどこまで知っているのだろうか? 口ぶりからして、シキとアキラがどういう関係であったかは知っているようだ。その事実が悔しいせいなのか何なのか、男の態度はアキラの羞恥と怒りにかっと火をつける。 「さわ…るなッ!」 シキ以外の者に触れられるなんて嫌なはずなのに、それなのに反応を示す自分が許せなくて、アキラは必死に抵抗してみせた。 大声で叫んで何かが変わるというわけでもないのに、叫ばずにはいられなかった。 「…ご自分の立場をきちんとご理解した上で、発言した方が宜しいかと思われますが」 痛々しい音と共に右頬に痛みが走り、口の中に血の味が広がる。 がっと強く喉を締め上げられ、ぐっと近い位置まで男の顔が近付く。 「判りますね?」 「ぐっ…ぁ」 このまま潰れてしまうのではないかと思うほど、喉もとがしなる。 失いそうになる意識を必死に保ち、かろうじて頷いてみせる。それを見た男は満足気に笑って、締め上げていた喉を解放した。 「…はっ…ぅ」 「良い子ですね」 ようやくのことで呼吸することが許され、肺の中に酸素が舞い込み、咳き込む。 呼吸を整えようとするアキラの耳ともへ、男が舌がねじ込まれる。息苦しさと、嫌悪に口を開けば、うめき声が口をつく。 「う…ァッ」 来ていた服が一気にまくし上げられ、胸元が露わになる。 「美しい…」 アキラの胸の彩りを、男は慈しむように見つめ、そして唇を落とす。 身体が戦慄くが、どうすることも出来ない。 「いっ…や」 さっきから背を這うようにして伝わってくるものは、快楽などという甘いものではなくて。途方もない嫌悪と焦燥感だった。 アキラの胸のうちを知ってか知らずか、嘲笑うかのように男の指が唇をなぞってゆく。 「耐えている表情も好きですが…、啼いてくれますか?」 「くっ…あ!」 萎えきっていたものを服越しに強く掴まれ、短く悲鳴を上げる。 「っ…!」 拘束されている鎖とは違う、嫌に耳につく金属音。 「ふざ…ッ」 男がベルトを外そうとしている姿を見て、思わず目を見開いた。 これ以上触れられるなど、冗談ではない。めちゃくちゃに暴れて、抗う。 「やっ…だ」 脚を割るようにして男が迫ってきて、抵抗する術を失う。 (このままじゃ…ッ) 犯される。 シキ以外の男に抱かれる。それこそまさに冗談ではなかった。 ――シキ。 ――シキ、シキ、シキ。 来るはずが、来てくれるはずがないと分かっているのに、、心はシキを呼び続ける。 ――ザッ。 next→ 2011/11/29 [*前へ] |