黄昏に舞う紅 廃人。その言葉に、せっかく落ち着かせた精神が逆撫でされ、眉がつりあがる。 「これは失礼。気に障ったのなら謝りましょう」 「…」 今まで力ずくでシキを追い掛け殺そうとしていた奴らが、いきなり穏便に事を運ぼうなどと、おかしな話だ。 「あの男が犯した大罪を、知らないはずではないでしょう?」 男の顔から笑みが消え、街灯に男の瞳が鋭く光る。 「あの男は咎人です。然るべき場で裁かれるべき人間です」 「…だったら、俺だってそうだろ」 イグラに参加していたし、人だって殺めてきた。 そうアキラは言うが、男はそれは違うと首を横に振った。 「貴方とあの男は違う。犯した罪の重さが違いすぎます」 淡々と言葉を紡ぐ男から、アキラは少し目を逸らす。 男が言ってることは分かる。シキはトシマで、アキラとは比べ物にならないほどの人を殺してきた。 イグラでの殺しは日常茶飯事だったが、シキは一般のイグラ参加者とは違う。 ――王なのだ。 イグラを、そしてトシマの住人を統べる絶対的な存在。 言いよどめば、男は気味が悪いくらいの柔らかな微笑みをアキラに向けた。 「素直に引き渡して頂ければ、貴方があの男を庇い立てしていたことには目を瞑りましょう。私たちはもう二度と貴方を襲わないと、保障も致します」 「今まで俺たちを殺そうとしていた奴が保障?信じられないな」 皮肉を込めながら言えば、男は深々と頭を下げた。 「約束は必ずお守り致します」 その言葉が軽い。 話はここまでだと、無言で刀を構えれば、男はわざとらしく溜め息をついて肩を竦めた。 交渉は成立しないと最初から見越していたようだ。 「仕方ありませんね。でしたら、貴方から捕まえることにしましょう」 男の言葉を合図に、後ろで控えていた男たちが一斉に飛び掛かってきた。 「くッ…」 四、五人といったところか。 あたりが暗い上に、先刻から降り続いている雨のせいで視界が悪い。 だが、決して倒せない数ではなかった。 上手くかわして一人、また一人と倒していく。 「さっさと捕まえろ!」 男が叱咤する声が響く。 それを聞き流して残りの敵を倒そうとしたとき、雨でぬかるんだ地面に足を取られた。 「なっ…!」 立て直そうとするが、こうぬかるんでいる地では、一度崩れてしまった体制を修正するのは難しい。 案の定、バランスを崩したところを狙われ、何かで頭を強く殴られる。 「…ぐ…ぅっ」 後頭部で嫌な鈍い音が聞こえて、吐気と眩暈がする。 するりと手から日本刀が落ちる。それと同時に、複数の足音が近付いてくる。 ――逃げなければ。 徐々に狭まる視界に抗いながらもそう思ったときには、アキラは既に意識を手放していた。 next→ 2009/11/17 [*前へ][次へ#] |