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黄昏に舞う紅

家に着いてシキを部屋に戻し、血を落とすために軽くシャワーを浴びる。
脱衣所の窓から外を見れば、さっきの晴れ間はどこへいったのか、空はどんよりと暗い雲を浮かばせていた。

「…雨でも降るのか」

小さく呟いて、シキの部屋に入る。

「入るぞ」

言ったところで意味はないが、ついつい言ってしまう。
静かに部屋の扉を開けて、シキの様子に変わりないか確認する。



ベッドに腰掛けているシキに近付くと、ふといつもと様子が違うことに気付いた。

「シキ…?」

いつもは外を眺めているのに、今日はじっと俯いてほかの何かに魅入っているようだった。

「なに見て…ッ」

視線の先に目をやれば、シキの手の中にはさっき公園でアキラが手渡したもみじがあった。
シキはそれを見ながら、アキラがしていたように手で弄ぶようにして回していた。

「シ、シキ…?」

もしかしたら――。
もしかしたら、シキが昔のように光を取り戻してくれたのかも知れない。
そんな思いがアキラの胸の内を渦巻く。

「…、」

シキが腰を下ろしているベッドに近付き、しゃがみ込んで顔を覗くように顔を上げ、恐る恐る瞳を覗いてみる。



「あ…」



その先にあったのは――、虚ろな紅。
その瞳に、光など戻っていなかった。期待してしまった自分に落胆し、がっくりと肩を落とす。
ふと窓の外を見れば、いつの間に降り出したのか、空から沢山の雫が落ちてきていた。

「…」

ぽつぽつとあたりに雨音が響く。よりいっそう鬱陶しさを纏えた、重い雨。
その幾重もの雨音が、アキラを過去の記憶へといざなった。






シキに命を拾われて、証を刻まれた日。
その証は今でもアキラと共にあり、こうして昔を思い出す度に傷が疼いた。
あの時のことは、数年の時が経った今でも、決して忘れない。


羞恥心を駆り立てられ、屈辱を与えられ、女のように抱かれた。
犯される度に抵抗して、激しくシキを拒絶した。



だけど、身体を重ねれば重ねる程、身体はシキを求め、頭ではシキのことしか考えられなくなった。





――侵されていた。心も身体も、その全てが。





今日の雨はその日と同じ匂いが漂っている気がして、アキラは自嘲気味に口元を歪めた。

「シキは…どうして俺を殺さなかったんだ…」

いつでも殺せたはずだ。
アキラを殺すチャンスなんて、いくらでもあったのに、今自分はこうしてここで、シキの隣で生きている。



アキラと出会って何を思ったのか。シキはアキラに何を見たのか。
嫌がるアキラを抱いたシキは、何を考えていたのか。
そこに少しでもアラキを想う気持ちはあったのか…。




「――判らない」




シキの思いや気持も、なにも。
長い間触れ合っていたと思うのは、シキと過ごした時間というものが強く脳裏に残っているからだろうか?
実際シキと同じ時間を過ごしたのは数日だけ。部屋にいても二人とも口数が決して多いほうではなくて、日常的な会話などするよしもなかった。
互いを――、少なくともシキを知るには、二人の過ごした時間はあまりにも短すぎた。



こんなに辛い思いをするぐらいなら、いっそあの時息の根を止めてくれればいくらか良かったのかも知れない。
曖昧な関係しか築けなかった二人だが、アキラにとっては今になってようやくはっきりと言えることがある。


「トシマで…手を引いてくれたときから、」


ぎゅっと拳を握り、掠れた声で絞り出すように呟く。





「俺はシキが好きだった…」




少しずつ惹かれていったのだと思う。
どうして好きになったのかなんて、言葉にするのは難しい。

「シキ」

少し痩せ細った頬に触れ、紅い瞳を見つめる。

「シキの眼には、もう俺は映らないのか?」

シキに、虚ろな瞳に問い掛ける。


「眼を…開けてくれ…」


雨音に消え入りそうな小さな声で、懇願するように言葉を振り絞る。
二度と紅の瞳に光を宿すことはないと分かっていても、願いを捨てることは出来なかった。


だからアキラは今もこうしてシキに向き合う。
シキが再び向かい合ってくれることを信じて。



「…ッ」



頬に熱いものが伝わる。
それが涙だと理解するのに、少し時間がかかった。

「ふ…ぅ」

嗚咽が漏れて、次々と涙が頬を濡らしていった。
トシマを出てからは泣く暇なんかなくて、泣くのは久々だった。そのせいか、タガが外れたように涙が止まらない。
耐え切れなくなって俯くと、ぽたぽたと手の甲に雫が落ちた。

「…っ!」

その時、頬に冷たい何かが触れた。
驚きに身体が跳ねそうになったが、頬に当たっているものが分かると、跳ね上がることさえ忘れてしまった。

「シ、キ?」

頬に当てられていたもの、それはシキの手だった。
俯いていたはずのシキがこちらに向けられていて、更に驚いたアキラはシキを見つめた。

「   」

言葉はない。
虚ろな瞳に鈍い光が燈った気がするのは、アキラ自身が強くそう望んでいるからだろうか。
頬に触れている手に手を重ねれば、じわっとした不思議な温かさが沁み込んでくる。




「…あったかいな」




笑えば、また涙が流れた。









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2009/3/27
  ちょっと長くなったかも…?

  





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あきゅろす。
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