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春を待つ君に
邪険な風(1)


屋敷から少し離れたところには、ちょうど木陰に隠れて存分に煙草が吸える素敵な場所を見つけた。
仕事に入る前の、最後の憩(いこ)いのひと時として、そこで溜まった不満を煙とともに吹かせてく。

頬を掠める冷ややかな風に顔を上げると、ふと視界の隅に映った一人の女性が、こちらに向かって歩いてくる。

・・・休憩、終わりか。

胸開きのグレーのスーツの内ポケットに忍ばせておいた携帯灰皿の中に吸い殻を入れ、女性の方に足を進めた。



結局、女性たちに囲まれながら長々と話をさせられ、午前中は屋敷の中に入ることすらできなかった。

「お帰りなさいませ、アッシャー様。坊ちゃんがお呼びです」
「その呼び方は止(よ)してくれよ」
執事は毎度のことながら、深々と頭を下げて舞菜を出迎えた。それにも関わらず、テーブルを囲って楽しそうにお茶をする女性たちは彼の腕を組み取って離そうとしない。
「あら、素敵な名前ですわ」
はぁ、やれやれ・・・。



恐らく溜まりに溜まった書類の山が積まれている自分の部屋の机を覗く時間もないままに、舞菜は直接応接間に向かった。

扉を開くと、窓辺に置かれた小さな青いバラの花束が真っ先に目に飛び込んできた。
ベージュを基調とした柔らかいイメージのこの部屋にはとても不釣り合いだ。

「寄るな」
背後から聞こえてきた声に振り返ると、あの白銀色の頭がこちらに歩み寄ってくる。
「タバコの移り香はごめんだ」
彼の冷ややかな視線とは打って変わって、その花束を扱う手つきは酷く優しいものだ。

「ねぇ、青いバラの花言葉って知ってる?本数によって変わってくるんだってね」
「あぁ」
あ、途切れた。
「・・・そういえば、新しい仔連れてきたんだって?」
「書類に目を通しておけ」
「ん〜、相変わらず冷たいねぇ。綺麗な顔が台無しだよ」
褒め言葉のつもりで言ったにも関わらず、ジロリと一瞥(いちべつ)された。

あ〜、だからその顔が恐いんだって・・・。

「右腕の傷を見てやってくれ。見に行く度に傷が深くなっていくようだ」
「はぁ〜、また何でそんな厄介(やっかい)な仔を拾ってくるの?」
こういった彼の歪んだ性格では、一体何を基準にして連れてくるのかなど、自分には到底知り得ないことなのだろう。
全く、大した曲者(くせもの)だ・・・。

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