春を待つ君に
キミ想う花(1)
翌日の早朝、彩吹は分厚いコートを羽織って、ぐるぐるとマフラーを首に巻きつけた。
寒い・・・。
まだ玄関先に微かに残る舞菜の匂いを惜しみながら、歩いて10分程の駅に向かう。
すると、電車を降りて改札口を出てすぐのところに、ぽつりと一人の男性が立っていた。長めの黒のカーディガンにゆったりとしたパンツ、手にはコンビニの袋をぶら下げている。
「車向こうに停めてあるから、少し歩くよ」
彩吹は顔を上げることなく、コクリと頷いてみせた。
車に乗り込むと、先ほどコンビニで買ってきたりんごジュースを手渡される。
ぼくが好きなりんごジュースだ・・・。
「それ、好きなんだろ?あいつから聞いた」
「ありがとう。・・・岡さん」
「ん?」
やっぱりだめだ。先月のことをどう切り出せばいいのか、言葉が見つからない。
「彩吹の服のことなら衣替えもうしといたぞ」
「あ、・・・うん」
気を利かせて平然を装っていることはすぐにわかった。
当然だろう。本当のところ、1ヶ月ほど前にも彼に会っていなければいけなかったんだから。入院することになってしまったのも、それが原因であることは紛れもない事実だ。
ほんと、自分が情けない・・・。
時間が経っていたとはいえ、あまり様変わりしない岡のリビングで、彩吹は夕食の準備が整うまで、テレビを見て過ごした。
「ご飯できたぞぉ」
それまで身を包んでいたそれを片手に、テーブルに並べられた料理を呆然と見入る。
クリームシチューに、何だろう・・・黄色い。
いただきますの合図の後、さっそくそれを箸(はし)で突(つつ)いてみると、意外に固さがあるようだ。
「何やってんの?」
「あ、・・・固、さを・・・」
「ん?サラダ麺、食べたことない?」
「サラダ麺・・・」
不思議そうな面持ちで、パクリと一口に頬張ると、パリパリとした食感が興味をそそった。
「意外とイケるでしょ?」
コクリと頷いて、また一口それを口の中へと運ぶ。
「もしかしてそれもあいつに縫ってもらったのか?」
彼の視線の先は、膝の上に掛けたカシミヤの生地。コクリと頷いて、無意識に笑みが零(こぼ)れ出る。
「たった二年でね。
ほんと、敵わないや・・・」
俯(うつむ)いて深いため息を漏らす岡のその表情を、彩吹は見逃さなかった。
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