春を待つ君に
まだ見ぬ春(2)
結局それからというもの、何の話を振っても舞菜からはどこかよそよそしい返事しか返ってこなかった。
そして今もなお、ぼくのことを見もしないでドアに手を掛けている。
「もう、帰っちゃうの?
「・・・あー、明日も早いからねぇ」
嫌だ。
「泊まりにしちゃえばいいじゃん?着替えもあるんだし」
「イブも明日は早いでしょ?」
いやだ。
「明後日行く」
「イブ・・・」
イヤだ!
気づくと、声にならない心の叫びは行動となっていた。
絶対に離すまいと舞菜のコートの裾にしがみつく。
「イブ・・・放しなさい」
振り返ることなく、少し呆れたふうに名前を呼ばれた。
その声からして、冗談を言っているわけではないことくらいわかっていた。それに、子どもじみたことをしている自覚だってあった、けど。
「─────行かないで、ぼく何でもする。何でもするから行かな─────!」
言い終わらないうちに、突然両肩を掴まれてくるりと扉の方に背を向かされた。
背中に走るであろう鈍い痛みに、ギュッと目を瞑(つむ)る。
けれど、体に伝わってきたのは背中を優しくそれに縫い付ける舞菜の大きな手のひらだった。
驚きに目を開くと、視線を絡ませる間もなく上からキスが降りてきた。
「んっ、ふぅ・・・」
噛み付くような荒々しい口づけに涙が浮かんだ。何度も角度を変えて、マナの熱い舌が唇を割って口内を這(は)ってく。
恐怖からなのか、息苦しさからなのか。気づくと、自分はすがるようにコートを掴んでいた。
瞬間。
ピタリと止まって、体温がすっと離れていくのがわかった。
恐る恐る目を開くと、先ほどと違った悲しそうな目でぼくを見下ろしている。
「頼むからそういう試(ため)すようなマネは二度としないで。言ってる意味、わかるよね?」
コクコクと何度も頷くと、両肩に軽く手を添えて、顔をぐっと近づけてきた。
「今週末はどこ行くんだったかな?」
「岡さん家・・・」
「いい子」
そう言って、彩吹の額(ひたい)に軽くキスをして、部屋を後にする。彩吹はその大きな背中を見送りながら、唇を強く噛み締めていた。
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