第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の9
「な、何?」
「汚い」
「手が回らないのよ」
「そうか。まあ、仕方がない。それじゃあ、買い物に行ってくる」
「本当?」
「これで、作れというのか」
「……そうね」
アルコール類が目立つ冷蔵庫に、タツキは動揺を隠し切れずにいた。微かに震える声音が、それを物語っている。やはり、女性として生まれたのだから料理が作れるべきであろう。
男のクリスにしてみたら、女性に家庭的な一面を求めてしまう。しかしタツキには、それを求めてはいけない。料理より、酒盛りの方が好き。どうやら、性別を間違えて生まれてしまったようだ。
「一時間かな」
「その半分」
「無理だ。調味料くらいは使えると思っていたが、これでは使うことができない。これくらい、きちんと保存できないのか。調味料の保存は、難しいものじゃない。それだというのに……」
プラスチック容器の蓋を開くと、徐にひっくり返した。しかし、中身がこぼれることはない。どうやら石のように固まってしまったのか、それの正体は砂糖。完璧に、原型を止めていない。
「それ、半年前に買ったのよ」
「半年って……普通は、使いきるぞ」
「アタシは、使い切れないのよ」
「褒めていない。さて、行ってくる」
蓋を閉めると、タツキの目の前に置く。態度で示すのは「これを綺麗に洗っておけ」であったが、タツキは気付いていない。その証拠に、そのまま冷蔵庫の中に仕舞ってしまう。そしてコーヒーを飲みながら、クリスが帰ってくるのを待つ。無論、彼を手伝うことは考えていない。
タツキにしてみれば、クリスはこのような存在。定期的に訪れ、料理を作ってくれればいいと思う便利な関係だ。しかし、クリスは馬鹿ではない。そのことは簡単に見抜いているので、滅多に訪れはしない。
だが、タツキのことは心配になってしまう。気にしないことが一番の方法であったが、そのようにはいかない。何だかんだで、タツキには優しい。だからこそ、タツキの代わりに食材の買出しに行く。本当に嫌いであったら、このようなことはしない。寧ろ、文句を言う。
しかしタツキは、クリスの想いを知らなかった。
◇◆◇◆◇◆
大量の詰まれた食材を目の前に、クリスは腕を組みながら悩んでいた。料理を作るといったのはいいが、どのようなレシピにすればいいのか決まっていない。適当に作る――しかし、タツキの身体を考えれば、適当に作ることはできない。たまには、まともな料理が必要だ。
二人が結婚をしていると仮定した場合、クリスが主婦業を担っているだろう。そのように思ってしなうほど、クリスは繊細な一面を持つ。外見や日頃の生活は大雑把だが、主婦関係は違う。
果物を手に取ると、新鮮かどうか確かめていく。その目付きは、完全に主婦の領域。さすが自分で食事を作っているだけあって、妥協は許されない。しかしそれが仇となり、なかなか決まらない。
「お久し振りです」
「うん? ああ、久し振り」
その時、誰かがクリスに声を掛けてきた。一体、誰だろう――反射的に声が聞こえた方向に視線を向けると、其処にはソラが立っていた。どうやら、同じように買い物に来たようだ。
「こんな場所で会うのは、珍しいな」
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