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第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の15

 料理の天才の二人。イリアの周囲に集まる天才に、勝手に口許が緩んでいく。人間という生き物は、常に美味しい物を求めてしまう。よって、ユアンの誘いは甘い誘惑に等しかった。

「でも、ソラが……」

「無理に、連れて来るといい」

「宜しいのですか?」

「対決はしたい」

 真剣な表情を浮かべるユアンに、イリアはクスクスと笑ってしまう。ユアンは常に冷静で、物事に動じない性格だとイリアは認識していた。その人物が、勝負を挑みたいと言っている。

 その意外な一面に、ユアンの知られざる面を見る。だが同時に、自分だけの秘密に心の中で微笑む。

「が、頑張ります」

「ああ、頼む」

「美味しい料理を期待しているのですが……あっ! 勿論、ラドック博士の腕前は知っています」

「それは、わからない。ランフォード君が持って来たシフォンケーキは、本当に美味しかった」

 無論、それは正直な感想であった。本来、男の料理は大雑把というイメージが強い。そして、必要以上に金を掛けていく。しかし、ソラ手作りのシフォンケーキは違う。素朴ながら美味しい。メラメラと、対抗意識が芽生えていく。そしてこの瞬間、ソラはライバルと化した。

「後で、連絡しておきます」

「ああ、宜しく」

「本当に、楽しみです」

「で、ランフォード君は料理を作らないのか? 今回のシフォンケーキは、幼馴染が作ったのだろ?」

「えっ!? ああ……」

 戸棚を開き紅茶のティーパックを取り出しつつ、ユアンがそのように話し掛けてくる。その質問にイリアの心臓は、激しく痛く鼓動した。クラスメイトの指摘通り、イリアの料理経験は無いに等しい。全て母親がやってくれるので、イリアが家事を行う必要がないからだ。

 起床後、一階へ行けば朝食が用意されている。そして汚れ物は洗濯機の中に入れておけば、夕方畳んで部屋の中に置かれている。更に夕食は、椅子に腰掛けていれば自動に出てくる。イリアは、特に動く必要はない。それだけイリアの母親は、完璧に家事をこなしていた。

 以前イリアは、ユアンの好みのタイプの女性というのを聞き出していた。「料理が上手い女性」それが、ユアンの好み。それを聞いた当初、イリアは料理が上手い方がいいと思っていた。

 しかし――

 時間がない。

 だからこそ、ソラのもとへ行く。

 そして練習をして、頑張って作った。だが、結果は散々なのも。それにより、ソラが手を差し伸べた。

 そして、自分が作ったと誤魔化す。

 イリアは、向上心が備わっている。そして、研究面の向上心は持っている。しかしそれ以外の面での向上心は、今回の一件が物語っている。そう、どうしても後回しになってしまうのだ。だが、周囲を誤魔化すのはいい気分ではない。イリアは心の中で、料理の勉強を決意する。

 一方のユアンは、イリアに気付かれないように苦笑いを浮かべていた。しかし、指摘の言葉を述べることはしない。その後、ティーパックを持って無言で奥の部屋へと行ってしまう。

 その姿に、イリアは動揺を隠せなかった。

 慌てて、ユアンの後姿を追う。

 そして、美味しい料理で盛り上がっていった。




「これ、最高です」

「それは、良かった」


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あきゅろす。
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