第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の16
「い、いえ……」
危なく、本音を言いそうになってしまう。今、ユアンに料理を作れないと知られてはいけない。知られた瞬間、嫌われてしまうと思っていたからだ。その為、必死に嘘をついていく。
しかし偽りは、同時に違和感を生み出してしまう。ぎこちない態度は、勘のいいユアンに不信感を抱かせる。流石、多くの人間を見てきただけあって、この態度の裏に隠された本心を瞬時に見抜いてしまう。だが、指摘はしない。指摘するだけの価値がなく、尚且つ可哀想だ。
「得意料理は?」
「え、えっと……」
「肉・魚・野菜。ジャンルは多い」
「……お菓子」
「菓子?」
「お菓子が、得意です」
「ああ、そうなんだ」
イリアの得意料理が判明した瞬間、ユアンは更に注文をしていく。それは、クッキー以外の菓子を用意してほしいというもの。得意料理というのなら、特に問題はないだろう。ユアンは満面の笑みを浮かべながら、イリアの菓子料理に期待していく。この素敵な笑顔を見てしまうと、断るに断れない。イリアは内心、ソラの仕事スケジュールが気になってしまう。
それなら、スケジュールを聞き出せばいい。しかし、仕事の最中は携帯電話の電源を切っている。それに昼の時間帯に電話をして、怒られた経験を持っている。そうなると、夜がいいだろう。だが、何と切り出せばいいか。当初は、クッキーだけを期待していた。しかし、今は――
「が、頑張ります」
「それは、楽しみだ」
「味は……」
「期待している」
「……はい」
一枚も二枚も上手のユアン。イリアが思っていることを先読みしているのか、悉く発言を封じていく。しかし、自業自得で墓穴を掘っている。誰かを責める理由はなく、イリアは自ら撒いた種を何とかしないといけない。だが、ソラにそれをさせようと心の中で考えている。
「シフォンケーキが、食べたい」
「シフォンですか?」
「作れない?」
「……大丈夫です」
選りに選って、シフォンケーキとは――
あのケーキは、シンプルでありながら実に難しい。以前イリアはこのケーキを一人で作ったことがあったが、萎んだケーキが出来上がった。そして何度も作ったが、結果は変わらない。
何故、膨らまない。
今もって、その原因が不明だった。
そのケーキを作ってほしい。
まさに、地獄に等しい。
しかし――
「普通のシフォンで、いいでしょうか」
「それは、好きでいい」
「シフォンにも、種類がありますので……」
「難しいシフォンケーキを作ってくれるのかな」
「そのような意味で、言ったのでは……」
イリアは、無限のループに陥っていた。語れば語るほど自身の首を締め上げ、完全に戻ることができない方向へ導いていく。一方ユアンは、楽しんでいた。別に嫌味を持って行っているのではないが、面白くて仕方がない。それと同時に、ユアンはイリアに人生の厳しさを教えていく。「一度言った言葉に、責任を持て」それを身を持って、教えていくのだった。
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