第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の11
「インスタント食品でいいか」
「タツキは、滅多に料理を行いません。ですから、それでいいと思います。料理を作る時は、買出しをすればいいですから」
「それが、俺達の仕事のようなものか。何だか、家政婦だな」
「仕方ありません」
どのように足掻いたところで、タツキが進んで料理をすることはない。現に、高い腕前を持つクリスがいる。何か美味しい物を食べたいと思えば彼を呼び出し、作ってもらえばいい。
それが無理なら、外食に出ればいい。結局のところ、作らなくても生きていくことができた。そのことが、タツキをだらしなくしてしまった。これも全て、恵まれた環境によるもの。
「あれで、健康体だから不思議だ」
「でも、いつかは悪くなりますよ。タツキだって、不死身ではないですから。一応、生身です」
「生身でなければ、恐ろしい」
「そうですね」
その言葉に続き、溜息が漏れた。タツキに振り回されることは、正直辛く苦痛に近かった。男同士の悩みは思った以上に深く、この場が酒場であったら愚痴を言い合っていたに違いない。
ソラは、タツキに恩を感じている。しかし、全てを受け入れられるわけではない。流石にこのような私用は、勘弁してほしい。特に、呼び出しが堪える。それも時間を考えないから、最悪だ。
「濃い目の味付けにしましょうか」
「それ、いいな」
「多分、気付きません」
「確か、あいつの料理は――」
クリスは一度だけ、タツキの料理の味見をしたことがあった。その時の正直な感想は「不味い」の一言で、食べられるものではない。あれは、味オンチや味覚馬鹿というべきものだろう。
酷い味付けで、舌が麻痺寸前に陥った。そして数日、味覚が使い物にならなかったという。故に、タツキは濃い味付けは平気だ。それどころか、平気な顔をして食べるに違いない。クリスは、そう確信していた。
相手がそれなりの人物であったら、真面目に料理を作るに違いない。しかし相手がタツキの場合、それは違う。日頃の恨みというのは言い過ぎであったが、タツキにはそれなりに苦労している。だからこそ、今回の味付けは仕返しの一環。だが、それがわかるか不安要素が大きい。
「女性で味覚馬鹿というのは、最悪な組み合わせだな。何と言うか、涙が出てくる気分だよ」
「将来が心配です」
「そう思うか」
「思いますよ」
ソラの言葉に、クリスは何度も頷く。それと同時に、タツキとの会話を思い出した。「結婚するかしないか」それはタツキの身を心配して質問した内容だと考えていたが、本当は自身の将来を心配していた。
それを言葉の意味合いを代えて、タツキへの質問として投げ掛けていた。結局のところ、クリス自身が将来の立ち位置に付いて心配していた。しかし、それをソラに話すことはしない。
ソラは、クリス以上に苦しい生活を送っている。その人物に幸せの意味合いを聞いた、酷なことだ。だからこそ、口をつむいでしまう。そして、話を違う方向へと持っていくしかない。
「ところで、何を買いに来たんだ」
「雑貨類です。もう、購入しました」
「独り暮らしは、大変だからな」
「大変ですよ。全てを行わないと、いけませんから。それなのに、普通に暮らしている人もいますが」
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