第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の15
「貴方はどうなの?」
「俺か? 一歩手前で、止めている。一線を越えたら、戻れないからな。そんなことになったら、悲しむだろ?」
「アタシは、一線を越えてしまった。でも、さらに深い闇は知らない。勿論、知りたくもないわ」
「深い闇を知っているのは、奴だけだろう。あいつは、闇そのものだ。見ていて、恐ろしい部分がある」
クリスが言う“あいつ”とは、ユアン・ラドックのことであった。不可解な部分が多い謎の人物であるが、憧れを持つ者も多い。だがその反面、タツキやクリスのように嫌う人物もいる。
ユアンの本心は、何処に――
能力研究をしているカイトスの間では、そのように言われている。しかし、それを知る者はいない。ユアンが身を置いている闇の世界同様、彼もまた闇に等しい。また、本心を隠す仮面を被っている。故に偽りの表情に騙される者がおり、ユアンは何事もなく生活を送る。
二人は、そのことが許せなかった。だが、個人的に動くことはできない。それだけ相手は、手が出せない場所にいる。それに、この時代の現状――ラタトクスを庇うのは、異端に近い。
ユアンに対して周囲は、他にこのような考えが持たれている。「何を考えているかわからない」しかしそのように思われているだけであって、口に出すことはない。所詮、皆同じなのだ。
「そういえば、昔から折り合いが悪かったな」
「性格が嫌いなのよ。自分勝手で、周囲のことは何も考えていない。ラタトクスのことだって、研究材料としか思っていない。最低の人間よ。それだというのに、周囲は何もわかっていない」
「研究一筋という人間ほど、質が悪い奴はいない」
「達が悪すぎよ」
「俺は?」
「普通かしら」
的確な回答を得られると思っていたクリスであったが、曖昧な回答に拗ね横を向いてしまう。タツキは何とも思っていない。だが逆に、それがクリスの良い部分だとタツキは思っていた。
良い人間は、素晴らしいというイメージがある。しかし裏の世界を知っているタツキに言わせれば、偽善者。悪人同様、付き合いを拒む対象だ。故に、人間は中間の性格が一番。いや、悪人の方がまだいい。彼等は、信念を持っている。しかしそれ以外は、周囲の状況で変わっていく。
そのことを口には出さなかったが、タツキは態度でそれを示す。それを感じ取ったクリスは、ウエイトレスが持ってきたアイスティーに視線を向ける。そして一言、礼を述べていた。
「ねえ、何処か行かない?」
「どうした、急に」
「行きたいのよ」
「休みが取れたらな」
「無理にでも取りなさい」
「また、勝手な」
「いいじゃないの」
言葉ではそのように言っていたが、心の中では「嫌だ」という感情はない。それを証明するかのようにクリスは苦笑いを浮かべつつ、ひとつの提案を述べる。それは、他の人物も連れて行くということであった。
「誰?」
「ソラのことだ」
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