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第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の14

 それにより最終的には死を迎えるというのに、そのリスクが上がった。タツキは、言葉を失う。何故そこまでして、投与する薬の効果を高めるのか。数字の上昇は、ラタトクスの死亡数と比例する。数少ない能力者を死なせる理由はない。寧ろ助け、保護するのが優先的だろう。

「俺だって、聞いたときは驚いた。このままだと、この宇宙から能力を持つ者が消えるのも時間の問題だ」

「でも、なんでここまでするの? それが、理解できないわ。でも、アタシも昔はそうだった」

「ラタトクスを殺そうとしているようだな」

「何故?」

「さあな」

「無責任ね」

「そうさ、俺達カイトスは無責任だ。目の前で生きている人間を、研究しているんだから。最低だよ」

 言葉が終わると同時に、ウエイトレスがアイスティーを運んできた。先にコースターをテーブルの上に置くと、続いてグラスとストローが置かれていく。その間、二人はその光景を静かに眺めている。互いに浮かべているのは、真剣な表情。その面持ちに、ウエイトレスは足早に立ち去る。

 立ち入ってはいけない何か――そのように感じ取ったのか、立ち去る瞬間に見せたウエイトレスの表情は、何処か恐怖で引き攣っていた。気付かないうちに、カイトス特有の殺気に似た雰囲気を放ってしまっていたのか、どちらにせよ好都合であった。正直、周囲に誰かがいたら邪魔である。

 クリスはグラスを掴むと、中身を一気に飲み干す。それも、喉を鳴らして。それを見たタツキは、視線を横に向けつつ大きな溜息をつく。あまりにも品性が無く、下品であったからだ。

「……野獣」

「うるせ」

「さっきのフケといい、女性にもてないわよ」

 ワイルドな飲み方に、タツキは愚痴をこぼしていた。しかしそのようなことは関係ないとばかりに、クリスは氷を食べはじめた。ウエイトレスがグラスを運んできて一分未満。アイスティーと氷は、クリスの腹に納まってしまった。そしてまだ飲み足りないらしく、更に一杯同じ飲み物を注文した。

「最近、どうだ?」

「普通としか言えないわ」

 急な真面目な話に、タツキは言葉に詰まらせてしまう。そしてやっと発した言葉は、囁くようなものであった。タツキが仕事を辞めて、数年の年月が経過した。しかし、いまだにタツキを苦しめている。それは、逃げることのできない現実。そして時折、夢に見てしまう。

「アタシは、あの声が耐えられなくなり辞めてしまったわ……そして今も、耳に残っている」

「あの声は、人を狂わす」

「ええ、おかしくなるわ」

「俺も、そうなりかけた」

 研究室に響く声とは「痛み・悲しみ・苦しみ」から発せられる悲鳴。実験体として生きる彼等の、魂の声。毎日のように轟く叫び声。投薬の苦しみにもがく者。そして、身体を弄くられる者。

「辞める前に、辞めさせられたな」

「それは、都合が良かったわ。手続きなど、しなくて良かったもの。普通に辞めるとなると、色々と面倒な場所だから」

「外部に洩れたら、ヤバイからな」

 連邦の研究所は、裏に行くほど高い地位と名声を得られる。だが同時に、抜け出すことができなくなってしまう。裏の闇を知った場合、それを洩らすことは自身の運命を左右する。死にたくなければ、口を紡ぐこと。そして、それを口外するな。全ては、自身が生き残る為に。


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あきゅろす。
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