第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の13
「そうね。あそこの忙しさは、本当に異常だったわ。毎日のように徹夜で……懐かしいわね」
「そうだな……ほら、欲しがっていた資料だ」
テーブルの上に、一枚のディスクが置かれた。それを受け取ったタツキは素早くカバンの中に仕舞い込むと、すました表情を見せる。しかし周囲に怪しい人物がいないかと、視線を走らせていた。
「有難う。助かるわ」
「まあ、いいさ。悪用しないと、信用している」
「で、最近はどんな感じ?」
「良いも悪いも最悪だ。アイスティーひとつ」
オーダーを聞きに来たウエイトレスに注文を告げると、クリスは腕を組み椅子に凭れ掛かる。
タツキが言葉で示していたように、連日の徹夜が響いているのだろう。クリスは、疲れたような表情を浮かべていた。普段からだらしない格好をしているが、今は更にだらしない。
無精髭は、伸び放題。赤茶色の髪は、ボサボサであった。これでタツキと年齢が近いのだから、相当老けている。いや身だしなみを整えればそれなりに見えるのだが、決してそれを行おうとはしない。
タツキも、それを指摘する気はなかった。過去に何度も指摘をしたのだが、聞いてはくれないからだ。その為、最近は見て見ぬ振りをしている。だが時折、その行動が気になってしまう。
「頭を掻かない」
「別にいいだろう」
「フケが落ちたら、どうするの」
その単語に、周囲にいた客が一斉に視線を向ける。それは客だけではなく、ウエイトレスも視線を向けていた。突き刺さるような視線にクリスは、ゆっくりと頭から手を下ろしていく。
そして何事もなかったかのように振舞うが、逆にそれが違和感を生み出す。そんなクリスに、タツキは苦笑いを浮かべていた。昔から、変わっていない。それが妙に、面白かった。
「次に会う時は、お風呂に入ってきてね」
「わかったよ」
タツキの厳しい言葉に、クリスは渋々ながら従う。そして無意識に、頭を掻こうと手を動かす。だがタツキの鋭い視線によって、寸前で手が止まった。それ以上の行為は許されない。そう判断した瞬間、急に大人しくなる。そして咳払いをすると、真面目な話を開始した。
「お前がいた時より状況は悪化。上からの要望は、無謀すぎる。お陰で、こちらは連日の徹夜だ」
「そうね、問題は彼等よ」
「それ以外、誰がいる」
「あの憎たらしい顔、思い出したくもないわ」
「今も、トップに君臨しているらしい」
それは、短いやり取り。しかし、互いに言いたいことは理解していた。だからこそ、二人は暗い表情を浮かべている。ふとその時、クリスがポツリと呟く。その瞬間、タツキの身体が震えた。
「それは?」
「タツキも知っているだろ?」
「もったいぶらないで」
「薬を投与され、後遺症が現れる確率だ」
「嘘でしょ? アタシがいた時は、40パーセント未満だった。それが、数年で……あり得ないわよ、その数字」
ラタトクスが使用する薬は、必ずといって良いほど後遺症を齎す。だがそれは連続しての投与によるもので、間を空けて使用すれば後遺症のリスクを軽減できる。しかし、確実に身体を蝕む。
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