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第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の11

『元気だね』

「す、すみません」

『喜んでくれて、嬉しいよ』

 その喜びは、イリアだけではない。ユアンを尊敬している多くの者が、同じ反応を見せるだろう。例の二人を除いて、友人達が楽しんでくれる。それだけで、イリアは嬉しかった。

 了承を得られたことで、イリアは様々な提案をしていく。それは無理難題や迷惑とも取れる内容も含まれていたが、ユアンは特に意見を述べることは行わなかった。ただ、イリアの意見を聞いていく。

 そのことに「優しい人物だ」と、感じ取る。だが、ユアンの心の中は気付いていない。多少、迷惑とも取れる何かがあることを――しかしユアンは、そのことを口に出すことはしない。

『期日は、いつでもいいかな?』

「卒業式の前がいいです」

『そうだね。卒業してしまえば、忙しくなってしまう』

「はい。宜しくお願いします」

『此方こそ、宜しく』

 その声音は、普段とは違うモノが含まれていた。その声音にイリアは何かあったのか訊ねると、ただ一言「疲れている」と、返ってきた。それは、ある意味で本音であろう。ユアンは、仕事に忙殺されていた。

「お疲れでしたか」

『大丈夫だ。先程、少し寝ていた』

「でしたら、電話で……」

『……起こされたね』

 何気ない言葉であったが、イリアの胸に深く突き刺さった。だがこのようなことは、ユアンにとっては日常の光景。特に気になることも、迷惑とも感じる事柄ではない。しかしそれを知らないイリアは、平謝りをする。それも必死さが含まれ、懸命に嫌われないように振舞う。

『ランフォード君も本格的に仕事をするようになったら、このようなことは当たり前になる』

「そうなんですか!」

『学生とは、身分はことなるからね』

 ユアンの言葉に、母親が同じことを言っていたことを思い出す。あの時は然程深く考えてはいなかったが、ユアンに言われると嫌でも実感してしまう。父親とユアンは同じカイトスであるが、やはりユアンの言葉の方が重かった。これも、置かれている立場の違いだろう。

 だからこそ、信憑性が強かった。改めて「忙しい」と知った瞬間、イリアは自身が就職した先の厳しさを認識する。正直、中途半端な気持ちが強い。しかし、それを捨てないといけない。

「ラドック博士が、そのように仰るのなら……いえ、そうですよね。私の考えが、甘かったのです」

『そう、心構えは早い方がいい』

「就職をしましたら、多方面のことでお世話になると思います。ご迷惑を掛けるかもしれませんが、宜しくお願いします。一生懸命に頑張ります。ですので……その……ラドック博士……」

『まるで、面接での発言だね。そんなに硬くならなくていい。あっ! すまない。少し待っていてくれないか』

 その言葉に混じるように、騒がしい音が聞こえてくる。どうやら、複数の人間がユアンを訪ねてきたのだろう。小声で、ユアンが何か指図をしていた。しかし、それを聞いたところで理解できない。

 それは、専門用語というものか。その会話を聞くと、遠い世界での出来事のように思えてしまう。自身と場違いな世界観。それを認識した瞬間、イリアは盛大な溜息をついていた。

『ランフォード君。悪いが、電話を切って構わないかな?』

「何か、あったのですか?」

『トラブルが発生してしまってね、僕はその対応に向かわなければいけない。本当に、すまない』


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