第一章 異端の力
其の4
「まあ、いいよ」
カディオは態とらしく肩を竦めると、苦笑しながらそのように言う。するとその言葉に、ソラは悪いということを言葉に表す。いつものソラであったら言い返しているが、今日はそのような気分ではない。拍子抜けしたカディオは椅子に座り直すと、フォークを握り料理を食べはじめた。
「愚痴を聞いてやると言った手前、聞いてやるよ。さあ、好きなだけ言いたまえ。何でも受け止めてやる」
「特に、愚痴はない」
「なら、飯を食わせてもらう」
「食欲は、旺盛だな」
「おう。此処の料理は、美味いからな」
「お前って、美味しい食事があれば問題ないって性格だよな。気楽っていうか、何て言うか……」
「人間、美味い飯があれば幸せになれる」
笑顔でお婆さんが、新しいスプーンとリゾットを持ってくる。ソラはテーブルに置かれたリゾットを見つめているが、決して手をつけようとはしない。その姿にカディオは何か言いたそうな感じだったが、食欲優先とばかりに皿に盛られた料理を次々と胃袋に入れていく。
するとソラは受け取ったばかりのスプーンをテーブルに置くと、徐に席を立つ。その表情は、悲しげだった。
「カディオ、折角誘ってくれたのに済まない。オレ、帰るわ。それとさっきの話、忘れてくれ」
「待て。折角だから、食っていけ。残したら悪い。それに細い身体しているんだから、食える時に食っとけ」
セットのサラダを食べながら、帰ろうとするソラを引き止める。一瞬、その言葉に身体が止まる。確かに、カディオの言うことにも一理あった。老夫婦に迷惑を掛けてしまい、尚且つ料理に手をつけないのは悪い。こうなると、二度と店に立ち入ることはできなくなってしまう。
カディオの言葉に従い椅子に座ると、リゾットを食べはじめる。しかし口に運ばれる量は、少ない。見方によっては「上品な食べ方」となるだろうが、カディオに言わせれば「女のような食べ方」となる。男は、ワイルドに食べないといけない。それが、カディオの言い分だ。
「シッカリ食え!」
「食っているよ」
「男は、大食いだ」
「お前と一緒にするな」
ここぞとばかりに毒を吐く。だがカディオは聞かないふりをすると、近くにいたウエイターを呼び追加注文をする。近くに置いてあったメニュー表を開き、あれやこれやと料理を頼む。
「お、おい。まだ食うのか?」
「ふっ! 俺の胃袋は鉄でできている」
「自慢には、ならないよ。太るぞ、確実に」
「その時は、その時だ」
「計画性がない」
「ダイエットなんて、女が考えるものだ」
「本当に、気楽でいいよ」
カディオは注文を終えると、残っていた料理を全て食べてしまう。テーブルの上に残ったのは、舐めるように食べて何も残っていない食器類。見事としか言いようのない食欲に、ただただ呆れるしかない。ふとソラは、少しだけ手を付けたリゾットをカディオの目の前に差し出す。
物欲しそうな目付きをしていたが、流石に人の食べ物は奪うということはしない。一応、理性はあるようだ。それを知って、ソラは少しだけ安心することができた。もしリゾットを奪い取っていたら、カディオに対するイメージが変わってしまう。こうなると、ただの食欲馬鹿だ。
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