第一章 異端の力
其の18
感情的に物事を言い、自分のことしか考えていない。だからこそ、ソラの正体を知られるわけにはいかない。ユアンの言葉に、無言で頷く。ソラは、ラタトクスに対し非情な感情を持つ人間がどのような存在なのか知っている。悔しいことだが、ユアンの言うことが正しい。
ユアンはソラを背負うと、会話を続けている二人のもとに向かう。それを見たカディオは目を丸くし、ソラに大丈夫かどうか訊ねる。しかし、イリアは立ち尽くしたまま動こうとはしない。
「何処か、横になれる場所はないかな?」
「こ、此方に……」
ことの重要性に気づいたのか、イリアは慌ててその場所に案内する。その後をゆっくりとした足取りでついて行くカディオは、どこか不満そうな表情を見せていた。それはイリアとの会話を邪魔されたということではなく、イリアの態度に不思議な印象を持ったからだ。
本来なら、イリアはカディオが見せた態度を取らないといけない。しかしイリアは立ち尽くし、何も行動を起こさない。衝撃の大きさに動けなかったのか、カディオは暫くイリアに視線を向けている。すると、身体が小刻みに震えているのに気付く。そして、顔が真っ青だった。
(まさか……)
ふと、ひとつの考えが脳裏を過ぎる。その考えが正しいというのなら、ソラは何も話していないことになる。幼馴染に過度の負担を掛けたくないのか、それとも別の意味が存在しているのか――ソラの心情を何となく理解したカディオは、肩を竦めるしかできなかった。
(まったく、本当に……)
実に、ソラらしい考え方。しかし今、それを指摘している場合ではない。ユアンがソラを休憩用に置かれたベンチに座らせ、ポケットから何かを取り出していたのだ。それは、掌サイズの箱。蓋を開けると其処には注射器とアンプルが入っており、ユアンはそれらを取り出すと注射器に液体を入れていく。
「それは?」
「君は知らないでいい」
イリアの言葉を受け流すと、ソラの袖を捲り上げ薬を投与する。その瞬間、痛みに呻き声が発せられた。だがそれは、一時的な痛み。その後は、特に反応はない。すると徐々に薬が効いてきたのか、ソラの顔色が良くなっていく。それに、呼吸も徐々に落ち着いてきた。
「これからは、気をつけるように」
しかしソラは、何も言おうとはしない。そのことにイリアは、礼を言うように指摘していく。
「有難う……ございます」
「いや、感謝はいい」
強制的に言わされた感謝の言葉に、ソラはどこか不機嫌であった。確かに、礼を言うのは当たり前。しかし命令口調で言われると、逆に反発心が生まれる。相手が幼馴染なら尚更のこと。
「ソラ、大丈夫か?」
心配そうな声音で、カディオが訪ねてくる。ソラはそのことに無言で頷くも、不機嫌な顔はそのままであった。それを見たカディオは、小声で囁く。それは、イリアについてだった。
「何も知らないのか?」
「何が?」
「彼女だ。やけに、動揺する」
「別に、関係ないよ」
吐き捨てるように言うと、ソラはベンチに横になってしまう。だがそのように言われても、カディオはソラとイリアの関係を詳しく知らない。だからこそ、今の状況を素直に受け入れることができないでいた。それと同時に、改めて両者が微妙な関係に置かれていると知る。
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