第一章 異端の力
其の10
「また、生徒に……」
次の瞬間、ソラは言葉を詰まらせてしまう。カディオの横に立っている人物に、見覚えがあったからだ。ユアン――何とカディオがぶつかった人物は、ソラが嫌いな相手であった。
思わず、視線を逸らしてしまう。そんな失礼な態度にカディオが注意をしてくるも、ソラはそれを聞き入れる余裕はない。まさに、会いたくない人物に会ってしまった。全身でそれを表現するソラに対し、ユアンは微笑を浮かべつつ淡々とした声音でソラの名前を呼んだ。
「知り合いですか?」
「知り合いも何も、僕が彼の世話をしている」
「じゃあ、あの有名なラドック博士!」
有名人を目の前にし、カディオは興奮を隠しきれずにいた。ユアン・ラドックといえば、知らない人がいないほど有名な人物。天才の名を欲しいままにし、若くして高い地位につくエリート。
カディオは嬉しそうに握手を求め、子供のように喜んでいる。その姿に冷ややかな視線を向けているソラは、内心複雑で舌打ちをしていた。カディオが、このような反応を見せるとは――だが、同時に「大人気ない」という感情が生まれ、ソラは仕方ないと諦めることにした。
カディオは、ラタトクスに理解を持っているといっても、ソラの心の中までは知らない。それに、ユアンという人物のことも――それに、ソラは何も話してはいない。それだというのに「理解してほしい」というのは、無理な相談であった。しかし人間は、時として感情の方が勝る。
カディオが知っているユアンは、所詮表の顔。カイトスとしての裏の一面を知っているのは、ごく一部。よってカディオが見せた態度に文句をつけるのは、御門違いだ。だがユアンを尊敬することは、気に入らない。カディオだけは……そう思っていた為、ソラは悔しいと思う。
「顔色が悪いな」
「……そんなことは」
「具合が悪いのなら、診てもらった方がいいぞ」
「そうだな。彼の言うことは、正しい」
心配しているという素振りを見せつつ言った言葉であったが、逆にソラの感情を逆撫でしてしまう。カイトスに診てもらうということは、即ち身体を研究されるに等しい。無論、カディオはそのことを知っている。しかし知っていながら、態とそのように言う。それは、ソラの身体を心配していたからだ。何故このような言い方になってしまうかは、不器用な証拠。
「また、今度……」
「そう言って、先延ばししている」
我儘を言い続けるソラに、ユアンは肩を竦めるしかできなかった。そしてゆっくりとした足取りでソラの側に近付くと、何やら耳打ちをした。その内容に身体を震わせ、反射的にユアンとの間に距離を作る。ユアンの顔を凝視しているソラの表情は、明らかに不快そのものであった。
「冗談だ」
「冗談でも、いい加減にしてください」
素直な反応に、ユアンは声を上げて笑う。「君のことが好きだ」囁かれた内容は、このようなものであった。同性からの愛の告白と取ってしまったソラは、ご立腹の様子。しかしユアンは、笑うだけ。
「な、何だ?」
「カディオには、関係ないよ」
「友人は、大切にしないとね」
「そうだぞ」
ユアンの言葉が後押しとなったのか、カディオは腰に手を当てつつ抗議していた。その友人の姿にソラは溜息をつくと、此処にいる理由を訊ねる。ソラにとって、其方の方が重要であった。ただの気紛れで訪れたとは、思えない。ユアンの行動のひとつひとつには、明確な理由があるからだ。
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