[携帯モード] [URL送信]

第一章 異端の力
其の10

 寝室に向かうとベッドの上で横になり、大きく息を吐き出す。体内から、嫌なことを外に出すような形で。すると薬を嗅がされたかのように、急に瞼が重くなってくる。どうやら、やっと眠れるらしい。

 叩き付ける雨音は、更に大きな音へと変化していく。しかしソラは、その音に不満はない。寧ろ、嬉しかった。静かな空間で、眠る必要がないからだ。静寂が包む夜は怖い。その夜が明けた後、必ず不幸がやってくるからだ。そしてその朝は、もっと恐ろしいことが待っている。

 そう、あの白さを思い出してしまう。

「オレにとって幸福なのか、それとも不幸なのか……」

 タツキと同じ台詞が、口をついた。その台詞の答えは、いまだにハッキリしていない。生きていること自体が不幸と思える今日、しかしその中から微かな幸福が見つかればいい。だが、まだ見つけてはいない。

 微かな幸福とは――答えを出す前に、意識が闇に消える。寝息をたてながら眠るその表情は、不幸を背負っているようには思えないほど安らかだった。本当の不幸とは。そのことを一般の人間に聞いても、適切な答えは得られない。何故なら「自分が一番不幸」と、言うからだ。

 だからこそ、本当に目を向けなければいけない部分を見ようとしない。そのような人物の答えに、どのような意味があるというのか。本当に辛く苦しい人物は、声にならない声で叫ぶ。そしてその声は、届くことはない。偽りで固めた者達に、それを消されてしまうからだ。

 ――私は辛くても、明るく生きているのよ。

 馬鹿馬鹿しい。自身を嘘で塗り固め、他人の同情を得ようと必死になっている姿ほど惨めなものはない。
第一線から離れ遠回しで物事を見られるようになったタツキであったが、決して彼等に同情をしようとは思わない。何故なら「彼等は、本当の地獄を知らない」ということらしい。

 地獄とは何か。

 どういう世界を表すのか。

 それは、体験した者しか言葉に表すことができない。

 それだけ、異質な世界であった。

 ――だから、多くの者は不幸ではない。

 しかし、タツキの言葉が真実だとわかる日は遠い。それは、人々が己自身を可愛いと思っているからだ。ひとつの枠に固定し、それからはみ出るのが恐ろしい。だからこそ、偽りを続ける。

 ――さて、真実を知った時の反応は。

 眠っていたはずのソラが、目を開く。近くに置いてあった枕を抱きしめると、ポツリと言葉を発する。

「……消えてしまえ」

 その言葉の意味は、力を持つ者にしかわからない。それがタツキであれ、深い部分まで掴み取ることはできないだろう。枕に顔を埋めると、雨の音を聞きながら新しい一日が訪れるのを待つ。

 今は、それにかできない――


◇◆◇◆◇◆


 昨日とは異なり、イリアはアカデミーに登校していた。主な理由は、ユアンとの約束を果たす為。いわゆる「個人的な理由」というやつであった。卒論を、急いで仕上げないといけない。

 そのような感情から、イリアは図書室に向かっていた。イリアが通うアカデミーは、全校生徒五百人以上という巨大な学校であった。将来カイトスを目指す生徒が大勢入学してくる為、備えられている機器は最新鋭の物ばかり。一般の研究所以上の規模を誇っているといって過言ではない。


[前へ][次へ]

10/24ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!