第一章 異端の力 其の19 「偉いね。タツキも見習ってほしいものだよ」 と言いつつも、本人がどのような反応を見せるのかわからない。相変わらず外では追いかけっこが続けられており、待ちくたびれた患者が数人帰っていく姿が見て取れた。この調子では、いずれ全員が帰ってしまうだろう。その前に、何としてでも追いかけっこをやめてもらわないといけない。 病気で待つ人々が、実に可哀想だ。ソラは窓を開くと、タツキに向かって大声で叫ぶ。その声に、追いかけっこをする二人の動きが止まった。そして、ゆっくりとソラの方向へ視線を向ける。 「いい加減にしなよ。患者を待たせてどうする」 「忘れていたわ」 「……タツキ」 「仕方ないでしょ」 その瞬間、一階から大きな溜息が聞こえた。「まさか、自分達を忘れていないだろう」そんな思いがあったらしく、タツキの一言は患者を落胆させるのに十分だった。もしかしたらこの台詞で、次から来る患者の数が大幅に減少するかもしれない。いや、その可能性は高い。 患者のことを思い出したタツキは、慌てて建物の中に入る。一方、難を逃れた子供はそそくさと帰っていった。多分、次からは来ないだろう。もし来るようなことがあれば、それはかなりの勇気の持ち主だ。 「診察が終わるまで、オレは寝ているよ。マロンも、一緒に寝ようか。横に来て、いいから」 流石に診療にどのぐらい時間が掛かるかわからないソラは、ソファーに横になり休むことにした。 腹の上にマロンを乗せ、瞼を閉じる。やはり疲れが溜まっていたらしく、眠気はすぐに襲ってきた。 寝息をたてるソラを覗き込むように見つめるマロンは何を思ったのか腹の上から下りると、隣の部屋に向かった。 すると、大きな毛布を引っ張ってくる。外見から想像できないほどの力持ちのマロンは、毛布をソファーの横まで運んでいくと、ソラの腹の上に飛び乗る。その衝撃にソラは苦しそうに呻くと、閉じていた瞳をゆっくりと開く。何が起こったのか、わからない。その為、驚きは大きかった。 「どうしたんだ?」 腹の上でおかしな動きをしているマロンに声を掛けると、視線を床に向ける。すると、懸命に毛布を引き上げている光景が目に入った。風邪をひかせてはいけないという心遣いだろう、ソラはマロンを両手で抱きかかえると思いっきり頭を撫でる。本当に、優しい犬であった。 「飼い主に似ないで、偉いな」 いきなり撫でられ驚くマロンであったが、決して嫌な素振りは見せない。そんなマロンを抱きかかえ上半身だけを起こすと、持ってきてくれた毛布を身体に掛ける。そして、再び眠りにつく。 どのくらい、時間が経過したのか。階段を上る足音で、ソラは目を覚ました。身体を起こし欠伸をすると、部屋に入ってきたタツキを出迎える。しかし、視線は定まっていない。そして、何処か気だるい。 「あら、寝ていたの?」 「時間が掛かると思ったから」 「その考えは正解。だから、寝ていてくれて良かったわ。それはそうと、マロンはまた持ってきたようね。転寝をしている人間がいると、そうやって毛布を持ってくるの。利口でしょ?」 「そうなんだ。タツキが躾たのかと、思っていたよ。マロンって頭がいいし、学習能力があるよ」 「そうね。好きなことは、勝手に覚えてしまうわ。何処で覚えるかは、わからないけど。ところで、何か飲む?」 [前へ][次へ] [戻る] |