第一章 異端の力 其の15 そうであれば、ユアンはソラの名前や自分の存在も知っていてもおかしくはない。それにソラは、自分のことや他人のことを話す性格ではない。普段はそのことが心配であったが、今は逆に胸を撫で下ろす材料となる。しかしイリアは、心配なので一応聞いてみることにした。 「ひとつお聞きしても宜しいですか?」 「どうした?」 「博士は、私の幼馴染がソラだって知っていたのですか? 博士は、多くのことを知っていますが、不思議に思いまして……」 「そのことか。正直に言うと、アカデミーの生徒達から聞いたんだよ。ランフォード君には、異性の幼馴染がいるということを。まさか彼が幼馴染だったとは、そのことは知らなかったけどね。アカデミーでの噂話は、此方に流れてくることは多い。それだけ、話好きなのだろう」 やはり原因は、友人達にあった。噂が研究室にまで流れているとすれば、アカデミーの生徒の大半が知っていると思った方がいいだろう。しかし、誰もそのことを言わない。発信源があの二人なので、本気にしている生徒が少ないと思われる。それだけ、二人は信用がない。 しかし広まっているということは、中には信じている生徒がいるということになるだろう。明日からアカデミーに登校することが、恥ずかしくなってしまう。もしかして今まで気付かなかっただけで、影で噂話をされている可能性が高い。そして、面白おかしくネタにしている。 「他に、何か噂を聞いていますか?」 「いや、特に聞いていないね。それに噂というものは、時間が経つにつれ変化をしていくもの。気にしない方がいい」 「それでしたら、安心しました。あっ! ラドック博士が担当ということでしたので、ひとつお願いを聞いてくれますか。最近のソラは、元気がないことが多くて……何かがあったのでしょうか? もし何かがあったのでしたら、キチンと治療をしてあげて下さい。宜しくお願いします。今のままでしたら、ソラは今以上に具合が悪くなってしまうと思います。それは、辛いです」 「肉体的なことなら治療できるが、精神面となると僕の担当ではない。精神科医に相談し、君かご両親に協力を仰がないと……このようなことは、とても繊細だからね。慎重に行わないといけない」 両親という言葉を出され、イリアは急に表情が暗くなってしまう。それは、ソラの悲しい過去が関係していたからだ。それに、昨夜の父親とのやり取りを嫌でも思い出してしまう。でも、今はそのようなことを考えている暇はない。聞かれているのは、ソラの両親の話。 イリアはユアンから視線を外すと、膝の上で手を組むと静かな声音で語るように話しはじめた。 ――何故、幼馴染の過去を話してしまうのだろう。 その時のイリアには、そのような気持ちは存在しなかった。ただ“尊敬できる人”という安易な考えで、ソラという存在を暴露していく。所詮、ユアンは他人。しかしイリアはソラに元気になってほしいという気持ちで、ユアンに話していく。勿論、其処に悪気はない。 「ソラには、両親はいません。幼い頃両親が離婚し、父親に引取られ育ったそうです。でも、父親はソラが十歳の時に死んでしまいました。だから、今はひとりぼっちで……とても寂しそう」 「そうだったのか。だから、両親の話をするのを嫌っていたのか。辛いことを話させてしまったね」 意外なソラの過去にはじめは驚きの表情を見せていたが、すぐに表情を変化させていく。それは、五年前の実験で主任を務めていた男と同じ顔だった。非道で冷たい、カイトスとしての顔。 だが俯いているイリアは、そんな表情を知らない。 それに、五年前の男の表情さえも―― 無論、裏の世界も知らない。 [前へ][次へ] [戻る] |