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第一章 異端の力
其の9

「そう、お金ないの。だから、お金を貸して……」

「親に、借りればいいじゃないか。それに、旅行中に自分が何をしたのか忘れていないよな」

「親は、貸してくれないもん。別にお買い物するんじゃなく、卒論の為の旅費だから。お願い! 私、留年したくない」

「態々、遠出しなくても。図書館で調べて書けば、十分立派な卒論になると思うけど。要は、やる気だよ」

 そう言うと、コーヒーを一気に飲み干す。そして使用していたマグカップをキッチンに持っていくと、馴れた手つきで洗い水切り籠へ。一仕事を終えそのまま戻って来ると思っていたが、ソラは何も言わず寝室に向かう。イリアは、慌ててその後を追う。するとソラは足を止め、イリアの顔を見る。その表情は「ついてくるな」と、言っているようであった。

「何故、ついてくる?」

「だ、だって……」

「駄目。まさか、オレの金を当てにしていたな」

 見事に考えていた作戦を言い当てられ、思わず沈黙してしまう。返事がないことに正解だと思ったソラは、イリアを部屋の外に押し出す。流石に、幼馴染とはいえ金の貸し借りはできない。

「意地悪」

「意地悪で結構。オレは、今から風呂に入る。だから、イリアは研究所に行く。遅刻しても、責任はとらない」

「……ソラ」

 無意識に発せられた切ない言葉に、ソラは渋い表情を作る。それと同時に、そうしなければいけないと迷いが生じる。しかし、ソラの生活は裕福というわけではない。それにより、再び「駄目」と言う。

「わかったわ」

「きちんと努力していれば、大丈夫だよ。それに、イリアがいたら風呂に入る準備ができない」

 その台詞に、一瞬にしてイリアの顔が赤く染まっていく。ソラが言わんとしたことが理解できたのか、か細い悲鳴を発してしまう。そして「帰る」と一言言い、足音だけ残し帰って行く。

「まあ、頑張れ」

 嵐のような来訪者が帰り、再び朝の静寂を取り戻す。窓から外の様子を伺う。すると、駅に向かい走っていくイリアの姿が見えた。足を止め一度振り向くも、ソラが見ていることに気付いていない。イリアが行こうとしている研究所。あそこは、権力と欲望が集まった場所だ。

 カイトスは自分の研究の成果を求め、時には好奇心さえも満足させようとする。そんな場所で働く彼女は、いつかは変わってしまうのだろうか。自分が見てきた者達のように――そして、欲のままに突き進む。
いや、裏の部分を知らなければ平気だろう。だが、いつかは知る時が来る。能力者(ラタトクス)と繋がりを持っていれば。

「これだけは、見せたくはない」

 徐に服を脱ぐと、インナー姿になる。そして捲かれた包帯を解くと、隠していた傷に触れた。

 果たして、イリアはどのように受け止めるか。あの血生臭く凄惨な、それでいて悲しくも切ない事件を――

 そのことを思い出す度に、ソラは心が痛む。まるで、全身を針金で締め付けられているようだ。

 視線を手首に移す。其処には何かが刺さったような無数の傷が、消えることなく残っていた。それらは以前どのような生活をしていたのかを、嫌でも思い出させる。それは、手首だけではない。

 全身至る所に、傷痕はあった。唯一消えたのは、首筋の痕だけ。しかし他の傷は、一生付き合うことになってしまう。だからソラは、素肌を見せるのを嫌った。信じられる者以外――


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あきゅろす。
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