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第一章 異端の力
其の3

「早く、着替えてきなさい。時間が経つと、シミになってしまうのよ。それと、食事の時に考えごとをしない」

「……はい」

 小声でそう返事を返すと、イリアは自室に駆け上がった。そしてクローゼットを開け、時間を掛けて選んでいく。

 しかし選ぶといっても、似たようなデザインの服ばかりであった。それらを一通り見ていくが、先程着ていた服以上の物はない。それにクローゼットから出した服はベッドの上まで占領し、領土を拡大していく。こうなると、片付けにも思った以上の時間を有してしまう。

「どれが、いいかな……」

 なかなか、気に入った服が見付からない。昨日ショーウィンドウで見た服が手元にあったのなら……と考えてしまうが、金がなかったということと、無駄な出費は抑えないといけない。

 すると、ドアの向こう側から母親の声が聞こえてくる。それは、呆れが含まれた声音であった。その声にイリアは二番目に気に入っている服に着替えると、ベッドの上に置いてあった服をクローゼットの中に放り込む。そして汚れた服を持ち一階に下りると、それを母親に手渡した。

 テーブルの上には、焼きたてのトーストが置かれていた。どうやら新しく焼いてくれたのだろう、今度はジャムの量を減らし食べていく。「仕事を増やして」と、嘆息をする母親の声が痛い。

 朝食を食べ終えると食器をキッチンに置き、上着を着込み玄関に向かう。朝から慌しかったが、何とかいつも通りの時間帯に出発することができた。ただイリアにとって、服の件が悲しかった。

「今日、研究室に行ってきます。だから、帰りは遅くなると思うから。詳しくは、わからないけど」

「遅くなるのなら、連絡しなさい。食事を作る都合もあるから」

「はい」

 そう返事を返すと、イリアは出発した。

 外に出ると眩しい陽光が降り注ぎ、思わず目を細めてしまう。冬だというのに吐息は白く染まらず、朝から気温が高いということを教えてくれた。元気よく駆け出し道を走っていると、近所の人が声を掛けてくる。イリアはその人物に返事を返すと、真っ直ぐ駅に向かった。

 早い時間帯だというのに、仕事先に向かう車が幾台も走っていた。イリアは以前アカデミーの図書室で、昔の車のことについて調べたことがあった。昔の車は液体を用いて走行し、排気ガスという有毒物質を排出していたという。それにより大気が汚れ、酸性雨が降る。

 酸性雨は建物や木々を溶かし、それによって人が住めない場所があったという。形も今のとは違い、とても不恰好な形だった。昔の生活があってこそ今の生活があるというが、排気ガス塗れの惑星になるまでよくほっといたものだと、イリアはこのことを調べた時に感じた。

 今では光のエネルギーを使い走っている為、排気ガスという物は排出されない。そのお陰で、青い空が広がり空気がとても美味しい。ただ文明の発展の影響で、自然が少なくなったのも確かだ。

 足を止め、ポケットから携帯電話を取り出すと時間を確認する。まだ、時間に余裕があった。今日はアカデミーに登校するのではないので、いつも通りの時間に家を出なくていいということを忘れていた。余っている時間をどのように潰すべきかと、暫くの間考え込む。

 ふと何かを思い出したかのように、ポンっと手を叩く。それは、ソラに礼を言い忘れていたからだ。慌しく立去ってしまった為に、礼を言っていない。いくら幼馴染とはいえ、失礼に当たる。

 イリアは、このようなことに関してはシッカリしている。そのことはソラも認めているが、反面堅苦しいと思われているのも正直なところだった。それと、友人達からの頼みごともある。

 叶えてやる義理も何も存在しないが、聞かないわけにはいかない。もし聞かなかった場合、後々が煩い。それに、回答は聞く前からわかっていた。絶対に断る。彼は真面目で、このようなことは嫌いだった。

(いきなり行ったら、怒るかな。やっぱり、連絡した方が……)


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あきゅろす。
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