第一章 異端の力
其の16
しかし「眠り」という欲求に抗うほど、人は強い生き物ではない。瞼が徐々に重くなってくる。旅行の疲れが一気に出たのか、身体がだるくなり意識を集中していなければ眠ってしまいそうだ。
頭を振り眠気と懸命に戦うが、思考とは別に欲求が勝る。このままでは、本当に眠ってしまう。眠ったまま時間が経過し、迎えが来たら――間違いなく、幼馴染に目撃されるだろう。
正直にいって、それは恥ずかしいことであった。特に寝顔などを見られたら、どのような反応をすればいいのか。赤面することは間違いなく、何より幼馴染に笑われてしまうだろう。
(頑張れ。寝るな!)
自分自身で気合を入れ、眠気と格闘する。そのようなことを繰り返している間に、約束の時間を迎えた。そのことで安心をしたのか、最後の最後でミスをしてしまう。そう、気を緩めてしまったのだ。
その時、空港の入り口付近に白塗りの車が停車した。どうやら、イリアの幼馴染が来たようだ。ドアが開き、運転席から一人の青年が降りてくる。と同時に、大きな溜息がつかれた。眠っているイリアに、呆れてしまったようだ。その為、発した言葉には刺が含まれていた。
「おい、起きろ」
肩を揺さぶり、起きるように促す。だが、深い眠りに入っているイリアは、なかなか起きようとはしない。
「置いて帰るぞ」
その言葉に身体を震わせ反応を見せたイリアは、寝ぼけた表情で周囲を確認する。すると自分の横に誰かが立っていることに気付き、とろんとした瞳で相手を見つめる。しかし、誰か気付いていない。
「……おはよう」
発せられた第一声に、相手は項垂れてしまう。このような場所で眠っていること自体あり得ないというのに、イリアは寝ぼけて何が何だかわからないようだ。その為、幼馴染は呆れ再び溜息をつく。
「イリア。オレが誰だかわかるか?」
「……えっ!」
半分しか目覚めていない思考を働かせ、目の前にいる人物が誰だか思い出す。自分と同年代の銀髪の人間。それも異性となれば――その瞬間、眠気が吹き飛ぶ。幼馴染に頼んだことを思い出したからだ。
そう、目の前にいる相手こそ幼馴染。寝顔を見られたと思ったイリアは、不満の声を上げる。
「迎えを頼んでおいて、それはないだろ?」
我儘に近い頼みごとを聞き、態々来てやった。そのような思いがあった為、イリアの態度に少し機嫌を悪くする。しかしイリアにとっては、寝顔を見られたことが一大事であった。それにより幼馴染の気持ちを、理解しようとしていなかった。よってイリアは、文句を続ける。
「帰る」
「ま、待って」
「しかし、このような場所でよく眠れるよな」
彼が言う「このような場所」という言葉に、イリアは左右に視線を走らせる。見れば、出入り口を利用する人達がイリアの噂話をしていた。「若い女性が……」聞こえてくる会話の内容に、思わず赤面してしまう。
「だ、だって……」
「遅いというのは、理由にならない」
「う、うん」
言おうとしていた台詞を先に言われてしまい、イリアは口をつむいでしまう。そして立ち上がると服についた埃を叩きつつ、素直に謝ることにした。そんな物分りのいい態度に相手は肩を竦めると、風邪をひかれたら困るという理由で、早く車に乗るように促してきた。
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