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第一章 異端の力
其の13

『オレ、車は持ってないよ』

「……あっ!」

『大量の荷物があるのなら、車じゃないと無理だろ。でもオレは、車は滅多に運転しないし』

「でも、運転できるって」

『運転は、できるよ。一応、免許はあるし』

 電話口から聞こえてくるのは、呆れたという雰囲気がこもった声音であった。「車を持っているということは、言った覚えはない」そのように言われてしまうと、イリアは何も言えない。

 やはり、帰宅は徒歩になってしまう。このような気候と天候の中の帰宅は、思った以上に厳しい。だが、頼むべき両親は不在。頼みの綱であって幼馴染は、車を持っていないという。

 イリアは一言だけ謝ると、電話を切ることにした。その時、何気なく発せられた幼馴染の言葉が、イリアの行動を止めた。それは、嬉しい内容。見かねて、違う方法を取ってくれるようだ。

「いいの?」

『そうしないと、帰れないだろ』

「帰れないことはないけど……時間は、掛かると思う。だって、荷物が多いから。でも、大丈夫」

『風邪ひくぞ』

 防寒ということで厚着をしているが、長時間寒い外にいれば風邪をひいてしまう。イリアは、身体が強い方ではない。だが風邪をひけば、アカデミーを休むことができる。そして、二人に会わなくていい。

 するとそのようなことを考えていることに気付き、げんなりしてしまう。やはり、アカデミーは真面目に通わないといけない。よってイリアは、小声で迎えに来てくれるよう頼む。いくら二人を嫌っていようとも、そのようなことはできない。それに、風邪で寝込むのも結構辛い。

『わかった。車を借りに行くから、四十分くらいかな。遅くなるようだったら連絡する。じゃあ、切るから』

 そのように告げると、一方的に電話が切られた。冷たさが感じられる態度であったが、これが幼馴染の性格。あのような感じであっても、根はとても優しい。ただ、少々不器用な部分があった。

 イリアも同じように電話を切ると、ポケットに仕舞い込む。そして、迎えに来るまでの時間をどのように過ごすべきか考えていく。しかし、特にやることはない。イリアはグルリと周囲を見回すと、一軒の店を発見する。それは空港内に建てられた、ブランドショップだった。

 暇潰しに最適と、ショーウィンドウを覗いてみることにした。この時代ショッピングはネットを用いて購入するのが主流となっているが、中には実物を見て購入するという客もいるらしく、このようにショーウィンドウに並べる店が多い。お陰で、失敗なく買うことができた。

 ショーウィンドウに映る自分の姿を見つめていると、急に遣る瀬無い気分に陥る。今着ている服は、悲しいことに空港内を歩いている同年代より地味だった。色も暖色系ではなく寒色系。日々研究に没頭している為、お洒落をすることを忘れてしまっている。いや、暇がない。

 明るい色といったら、研究の時に着ている白衣ぐらいだろう。しかしその白衣はシワだらけで、それを着て外に出ることはできない。しかし、それはイリアだけではない。研究をしている同性も、似たようなものであった。それだけ日々の研究は忙しく、自由な時間は持てない。

 ひとつの事柄に集中すると、他のことが見えない。しかしこう改めて見ると情けなさがこみ上げ、幼馴染に会うことが恥ずかしくなってしまう。女らしい服装。心がけようと思っていても、なかなか実行できない。

 これから、ますます忙しくなってしまう。アカデミーを卒業する為に、色々とやらなければいけないことがあるからだ。お洒落のことだけを考えている余裕はない。そればかり考えていたら、卒業はできない。


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