第一章 異端の力
其の5
(どうしよう)
父親に頼めないとなると、頼みの綱は幼馴染になってしまう。「タクシーを使えば」そのように言われてしまうだろうが、金を貸してしまった手前、無駄な出費を行うことはできない。
それに、自宅まで向かうだけの金は残っていない。これで幼馴染に断れてしまったら、本当に自宅まで徒歩になってしまう。空港から自宅までは――女性が普通に歩ける距離ではない。
都合がいいと思われる可能性が高かったが、頼れるのは幼馴染しかいない。父親が迎えに来てくれるというのなら話は別だが、期待はできない。娘を本当に心配しているというのなら、こういう時にこそ迎えに来るものだろう。言っていることと行動に矛盾を感じてしまうが、イリアは一度として抗議したことはない。いや、するだけの価値がないと思っていた。
(シャトルが到着したら、連絡してみよう)
駄目だということはわかっていたが、イリアは連絡しようと思っていた。父親に断られてしまったら、幼馴染に頼み込む。しかし、幼馴染に断られてしまったら――連絡する前から徒歩で帰ることを考えるべきだと、イリアは覚悟した。だが、内心は迎えに来てほしいと思っていた。
これから行うべきことが決まると、イリアは友人達がいる座席に戻ることにした。しかし、会話に加わることはしない。無論、二人もそのように思っているらしく、姿を見せたイリアを一瞥するだけで、声を掛けることはしなかった。それどころか、楽しそうに会話を楽しむ。
イリアは椅子に腰掛けると、バックの中から一冊の本を取り出した。これは、現代では珍しい紙の本。何故ならこの時代の本は文字や挿絵をデータ化し、ネットからダウンロードを行うのが主流となっていた。よって紙の本は評価が高く、時として高額な値段で取引されている。
現代、木から作られた紙は珍しい。それは森林保護という名目で、木を使用することが禁止されているのだ。しかし、紙が存在しないことはない。科学的に作られた合成繊維を基にした、紙が存在する。
科学万能のこの時代、紙を使用する人物などいないと思われるだろうが、意外に利用者は多い。ネットワークのセキュリティーが完璧に行われているとはいえ、所詮人間が作った物。同じ人間が、それを打ち破れないことはない。その為、思った以上に脆い部分があった。
それ故、重要なデータを紙で残す人物が多いという。持ち運びに不便とされているが、信用面を考えると此方の方が安心されている。発展した科学の背景でこのように過去の媒体が使われるとは、何とも皮肉なことか。その為、この紙という媒体の需要が見直されている。
(えーっと、何処まで……)
イリアがこのような古い本を購入した訳は、骨董的価値があるということではなく、内容に惹かれ購入した。
それは、イリアの生まれ故郷で書かれた物。今は廃れてしまい、誰も見向きもしない神話。元々神話という話は、好き嫌いが激しいジャンル。だが、イリアはそれが好きだった。その世界観が――
一度、幼馴染の生まれ育った土地に伝わる神話を、話してもらったことがある。それが影響してか、今度は自分の故郷の神話を知りたくなったという。この小説もその神話。しかしかなり古い為、所々が抜けてしまっている。故に、肝心な部分を知ることはできないでいた。
その小説を手に取ると、何処まで読んだのか探す。目印としての栞を挟んでいなかったので、ページを捲り探していく。いくつかページを捲っていくと、記憶にある文章が発見した。そこのページを指で挟みつつ、もと来た場所へ帰って行く。この場所にいても、良いことはなかったからだ。
部屋の中心では、ニュース映像が投影されていた。その周りには、ニュースを見る人々が集まる。一定の範囲に行けば音声を聞くことができるが、イリアは興味が湧かなかったので聞くことはしない。
イリアは深い溜息をつくと、窓の外を眺める。どんなに眺めていても、同じ空間が広がる。音のない深い海の底を漂うような感覚に襲われるが、イリアにとってはそれが心地よかった。
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