小説 マスター 初めてハルがオレの家に来ることになった。家っつっても賃貸のマンションだからあまり自慢できることではない。 事の始まりはハルがデートの場所にオレの家を指定したからだ。つまりは家で二人きりというわけだが… いや、だから別にいかがわしいことしようとかそんなのは考えてねーけど(実は考えてたりするけど) 昨日の晩死ぬほど頑張って、きったねー部屋を片付けてやっと人を呼べる状態にした かくして今日、ハルをマンションの自室へ招待した。 そしたらハルは「すごいマンションですー!」とか「はひ!ピアノがあるんですね!」とか 子供みてーにはしゃぎ始めた 「はぁ〜、獄寺さんは毎日こんなゴージャスなお家に住んでいるんですね〜」 「言うほど立派なもんじゃねーよ」 「何を言うんですか!ハルのお家の2倍はあります!」 「そんなあるか!物が少ねーから広く見えるだけだろ」 「そーですかねぇ?」 「いいからとっとと座れよ。コーヒーと…」 「紅茶で!」 「まだなんも言ってねー」 「でもあるでしょ?」 「はいはい…」 ほんとにこの女には敵わない 対人術はひと通り身につけているはずのオレがこんなに振り回される 紅茶を淹れながらリビングを覗くと、ハルはソファに腰掛けてキョロキョロと部屋の中を見回していた 「ほんとにシンプルですよねー。やっぱりお部屋って性格でるんですね」 「どういう意味だソレ」 「いえ、なんでもっ♪」 天真爛漫と言えば聞こえはいいがオレにとっては扱いづらいの一言に尽きるわけで… 今日も例に漏れず妥協する 「そーかよ… ほら、紅茶」 「ありがとーございます」 オレはブラックコーヒー コイツは蜂蜜を入れたレモンティー 一口飲むとハルは ほぅ〜 と頬を緩ませ ため息をついた 「美味しいです〜、獄寺さんならきっといいマスターさんになれますね」 「目指してねーよサ店のマスターなんざ」 小さい頃からこの方、マフィア以外の道を歩んでこなかった。だから働くとしてもコンビニのバイトで限界だ ため息まじりに返せば屈託のない笑顔で顔を近づけてきた 「いえ、喫茶店のマスターではなくて」 「ハル専属ののお紅茶を淹れるマスターです!」 自信満々にそう答えるハルは、頬がほんのりピンクに染まっている 不覚にも可愛いと思ってしまったオレは、緩んだ顔を見せないようにそっぽを向いた 「……何言ってんだアホ」 「だってほんとにハルの好みの味なんですもん!獄寺さんの淹れてくれた紅茶なら毎日でも飲めます」 「太んぞ」 横目で見ると、ハルはピシリと固まりすぐあたふたとせわしなく手を振った。 「は、はひっ!た、例えばです、例えば!それに太るとか簡単に言わないでください!あなたにはデリカシーってものが…」 「ぷっ 暴れんな、紅茶こぼれるぞ」 右手に握られたカップの中の液体がユラユラと縁を揺れている。水面張力もギリギリだ それに気づいたハルが慌てて紅茶に口づける 「あっ、わっ。……ふぅ…危なかったです」 「ったく…落ち着いて飲めよ。」 温かい飲みもん飲みながら、コイツと二人きりの日曜日 自然と穏やかな空気が流れる 「幸せですね〜…」 紅茶を飲み終わったハルは ゆっくりとオレにもたれかかってきた 「そーかよ」 オレも飲み終わったカップをテーブルに置き、肩に乗っかるハルの頭を眺めていた 丸い。んで黒い。サラサラしてる 思わず触りそうになった時、ハルがちらりと視線を上げてオレを見た 「……ごくでらさん」 「んだ」 「ハルのこと好きですか?」 「なっ……!急になに言いやがる…」 この女の言動に突拍子がないのは今に始まったことではないが 今日はいつもに増して拍車がかかっている気がする 「いいじゃないですか、たまには」 いつも言ってくれないんだし 頬をむくれさせ上目遣いに見上げてくるその顔を直視し続けることはオレにとって拷問でしかないので壁を一心に見つめた そんなの簡単に言葉に出来るわけねーだろ なにも言えないまま壁を穴が開くまで凝視して黙るオレを見てハルは小さく笑い声を漏らした 「てめ…なに笑ってやがる……」 「えへへ…別になんでも」 「きめぇ笑い方すんじゃねーよ」 「お家デート中に暴言はナシですよ。………うーん、そーですねぇ…」 するとハルは顎に手を当てて何か考えはじめた。なにか妙に口元は笑みをたたえていた 「獄寺さん。ハル、カプチーノが飲みたいんですが」 「は?ついさっき紅茶飲んだろ」 「ハル専用のマスターさんなら淹れてくれるはずですよね?」 そう言うとズイっと目の前にカップが押し出された これはもう淹れてくる以外の選択肢は無いようだと諦めて仕方なくキッチンに向かった コーヒーをカップに注いだ時、やけにハルからの視線を感じた 経験上、こういう時のこういう顔は何かを期待している時の顔だ 期待?一体なにを 普通に泡立てたミルクを入れようとした時疑問が頭をよぎった そしてわかった つまりはマスターごっこをしろと。 ハァ…とため息をついて近くにあったスプーンを手に取った 手先は器用だからこれくらいなら作れる とコーヒーに浮かべたクリームを(恐らくお望みの)ハート型にしてやった まあ、多少愛を込めてやらなくもない 出来たものをハルに手渡したら 「大好きです!!」 と叫んで抱きつかれた コーヒーの上にプカプカと浮かぶハートのクリーム。 もう二度とやんねーと突っぱねるオレを他所にハルは美味しそうにカプチーノに口づけた このマスター、お客は一人のみにつき。 End. [*前へ][次へ#] [戻る] |