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小説
夜食



───まただ。なんの活路も見出せないまま日にちだけが過ぎていく……





10年後の自分が残した難解なパズルを解き明かすべく、資料室にこもること3日。ついに考え続けるのにも限界が来て獄寺は叫び出したい気分だった

完全に行き止まりだ…突破口が見えねぇ…

「にぉあ……」
呑気なことに最初にボックスから出てきたマダラ模様の子猫は大口を開けて欠伸をした
そして獄寺を一瞥した後「興味ナシ」とでもいうようにパタリと長い尻尾を地面に叩きつけて、ゴロリと寝っ転がった
「くっそ…コイツ…」
時計は既に午前1時を軽々回り獄寺だって本当は寝たいところだった
だが順調に鍛錬を重ねている仲間を見ていると気持ちばかりが焦って しっかり眠ることなど出来なかった

途端、ぐぅ〜… と低く響く腹の音
最近は色んなことがいっぱいいっぱいでご飯を疎かにしていたのだが 最終的な空腹のしわ寄せは深夜に来るらしい。
何時間かぶりにイスから立ち上がり、猫背を力ずくで伸ばしてみる
軽く骨がポキポキと鳴り肩と首がジンワリと痛い。
そして追い討ちをかけるがごとく再度襲い来る腹の音に誰もいないと分かっていつつも赤面し、腹を抑えながら歩き出した

「……なんか食うか」
てきとーになんかあんだろ、たぶん
そう思い 足早にキッチンへ向かった





真っ暗な中を進み、お目当の場所へ着く
パチンと小さな電気を一つだけつけて冷蔵庫を漁った
とりあえず目に付いた惣菜を取ろうとした時、誰かがキッチンに入って来る音が聞こえた。

バットタイミング。あまりに予想外のことだったので隠れることもできないまま、恐る恐るドアの方を見やると…

「はひ?獄寺さん?」
「なっ……。んでお前がここにいんだ」
パジャマ姿の三浦ハルが、眠そうに目を擦ってそこに立っていた
「それはこっちのセリフですよ。ハルはのど渇いちゃってお水飲みに来たんですけど……獄寺さん持ってるそれって今日の余りですよね」
目ざとく片手に持った保存パックを指差され、なんとも言えないバツの悪さを感じる

何も言えないでいるとハルが思いついたように言った

「あ、もしかして獄寺さんお腹すいたんですか?」
内心を当てられてギクリと固まった
結局、態度がその通りですと告げる結果になってしまったのだ

その様子を見てハルはパッと顔をほころばせた
「簡単なお夜食なら作れますよー。なんかリクエストとかありますか?」
楽しそうに聞くハルに、獄寺は焦りながらやっと口を開いた
「いや、別に作んなくていい…それよかお前眠くねーのかよ」
もう一時過ぎてんだぞ? と聞くとハルは事もなげに首をひねった
「だって獄寺さんお腹すいてるんでしょ?それにそんなお惣菜だけじゃ倒れちゃいますよ。えーっと確かご飯がここに……」
獄寺の制止など全くもってスルーして、ハルは冷蔵庫から冷凍されたご飯やら卵やらネギやらを次々と出していく

「おい…何作る気だよ」
とうとう観念して席に着いて尋ねると、ハルは鍋に水を入れながら答えた
「お粥です!簡単に出来ますし、結構腹持ちもいいので」
夜食の王道です!という自信たっぷりな物言いに「あっそ… 」と素っ気なく返事をしていつもの定位置に座った。手持ち無沙汰になったので そのままハルが料理を作るところを眺める
いつものドジっぷりなど感じさせないぐらい手際よく、鍋の中でグツグツと米が煮える。
そこに卵とネギが加えられて、様子を見たあと蓋が閉じられた

「ふぅ。あとは待つだけです!」
ハルは一息つくと、そのままテーブルを挟んだ獄寺の斜め向かいの席に腰を下ろした

いつもとは違って下ろした髪は緩くウェーブしていて少し大人な雰囲気を醸し出している。

別人みてー、と内心意外に思っているとハルは若干躊躇いがちに口を開いた

「……獄寺さん、あまり無理しちゃダメですからね」
「はあ?なにがだよ」
不機嫌そうに聞き返すとハルは俯いたまま黙ってしまった

何だってんだ…


「時に獄寺さん」
「あ?」
急に顔を上げ、話題を変えるかのごとく気丈な笑顔を作った
「どうしてこんな夜中まで起きてたんですか?その…もしかして修行…とかですか」
「……別に。」
修行の事、ミルフィオーレの事、未来での事は10代目と話し合って女子供には言わないと決めている。だからどっちともつかない曖昧な返事を返す

するとハルがぐっと手を握りしめて言った
「獄寺さん、最近変です」
「な…。 はぁ?」
確かに最近は過去の胸くそ悪りぃ記憶を思い出したり、修行が行き詰まったりしているが……それを変と一括りにされるとは
反論しようとするが口にする前にハルは話を続けた
「たまには気分転換も大事です。何が起こってるのかハルにはさっぱりですけど、何かビックでストロングな壁にぶつかった時は自分の思うままにしてみるのが一番だと思うんですよ」
ハルは自分の新体操でのスランプの体験談を語っているが、正直耳に入ってきてない

ただ漠然と、 『自分の思うまま』という言葉に妙に納得したようなスッキリしたような とりあえずなんか目が覚めたような気がした

「だから……って獄寺さん、話聞いてます?」
「あ?ああ、聞いてなかった」
「はひーっ、ヒドイですハルがせっかくスランプの先輩としての経験を…」
「はいはい。つーか、お粥もう出来てんじゃねーのか?」
先ほどからグツグツと小気味良い音が聞こえてきていて、微かに届く出汁の香りに空腹が限界だった。

「あっ、そうですね!ハルもちょっと食べましょーっと」
すぐさまおたまを手にし、2つの丸っこい器にトロリととろみのついた米がよそられる
卵で閉じられたそれに今まで以上に食欲をそそられる

「いただきまーす♪」
「……いただきます」
「はいっ、どーぞ。お代わりもあるので思う存分食べてください!」
「んな食わねーっつーの…」
冷ましながらレンゲで一口掬い取った
口の中に広がるほどよい塩気があっという間に喉を通っていく

ウマい。
素直にそう思うが残念ながらオレの口はこの女にだけは正直を語らないように出来てる。
黙々とおかゆを口に運んでいると、ハルはニコリと微笑んで言う
「やっぱりお粥っていいですよね。この味がホッとします」
オレのよりだいぶ小さな器に盛り付けられたそれを冷まし冷まし食べるハル
ほんと食ってる時は幸せそうだな。いやおめでたいのは四六時中か

結局オレはおかわりをして鍋の中のお粥はほとんどなくなった

「獄寺さんって見た目によらず結構食べますよねー、ウエストとか細くて羨ましいです」
悩ましげに呟くとハルは自分の腹をつまみ出した
大して出てねーのになに言ってんだか
「ってこんな夜に食べちゃったら益々太るじゃないですか!獄寺さんのバカぁ…」
「なんでオレのせいなんだよ。自分の意思で食ったくせに」
「だってあんまり美味しそうで…」
「自分で言うなっつーの」

そう言いつつ器を流しに置いて 一つ伸びをした
「じゃーな」
「ちゃんと寝て下さいよ。目の下にクマ出来てますから」
「げ。」
よくもそんな細かいことに気がつくもんだ…
って感心している場合じゃねえ

「べ、別にクマなんか出来てねーっての!お前もとっとと寝ろよ」
「もうちょっと紳士的に対応できないんですか、まったく…おやすみなさいっ」
ペコリとお辞儀したハルに適当に手を振って、オレは足早に部屋に帰った

ハルが言った『思うがままに』
それに従うことにした
とりあえず今日は寝よう
んで、明日、ちょっとだけ瓜と遊んでやっか





次の日、瓜と遊んでやったらいつのまにか喧嘩になって引っ掻き倒され結局ボロボロになって散々だった。
憤りのままにまたパズルと向き合っていたら
暇を持て余した瓜がボックスにじゃれついて、思いがけない答えへの取っ掛かりを見つけるミラクルが起こるなんて


───誰が想像できる?



End.

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