○○でボカロ曲パロ
01
気が付くと私は深い深い霧の中にいた。
「おいで、森のもっと奥深くまで……」
どこからともなく妖艶な声が響いた。聞き覚えのある声。よくテレビから聞こえる、私の好きなアイドルの声。
辺りを見回してみると、少し先に人影が見えた。二人いるようだ。
「早く早く、急ぎ足でできるだけ近くに!」
先程とは違う明るい声が私にかけられる。私にむかって手を振っている方のものだろう。こちらも聞き覚えのあるアイドルの声。
二人の声に釣られるように、私は近付いていった。霧でシルエットしか見えなかった人影が、だんだんとハッキリしたビジュアルで私の目に映る。間違いなく、二人は今をときめくアイドル、一ノ瀬トキヤと一十木音也だった。二人は私の姿を見るなり手を差し延べ、膝をついた。それはまるで姫を迎える王子のよう。童話の中での景色だけだと思っていた光景が今、目の前に展開されていた。
「さあ、楽しい遊戯を始めましょう」
「さあ、楽しい遊戯を始めよう」
二人の声は同時に発せられた。私は差し延べられた手を両方取った。すると森の木々が消え、霧が晴れ、少し肌寒かったはずの空気が暖かくなった。いつの間にか私は室内にいた。豪華なシャンデリアに煌びやかな装飾品、広々とした空間に栄える紅の絨毯。どうやらここは玄関ホールのようだ。私の手を取ったまま二人は歩き始めた。
しばらく歩くと私は応接間のような所に通された。紅い絨毯に栄える白い椅子とテーブル。その上には純白に溶けてしまいそうなほど光を反射し輝くティースタンドと淡い紫色のティーポット、薄紅色のティーカップと小皿が置かれていた。
音也が椅子を引き、私に座るように促す。遠慮なく座るとトキヤがカップに紅茶を注いでくれた。甘い香りがふわりと広がる。私はカップを手に取り、紅茶を啜った。漂う香りと同じ甘い味がした。
「シナモンスティックは魔法のステッキなんですよ。見ていてください」
そう言うとトキヤは懐から白っぽい棒を取り出した。カップを一旦置くと彼はそれを紅茶の上でサッと一振りした。すると蜂蜜色のシロップが少しずつ出てきて、赤茶色の液体と混ざっていった。
「一振りするだけでシロップが増えていくんだよね!いつ見ても不思議だなー」
トキヤとは反対側からひょっこりと音也が顔を出し、シナモンスティックをジーッと見つめる。
「そんなにジッと見つめても貸し出しませんよ」
「えー、ケチー」
シナモンスティックをしまうトキヤと口を尖らせる音也。二人のやりとりにクスリと笑いながら私はまた紅茶を啜る。甘さの中に少しの苦みが加わっていた。これはこれで中々良い。二人は私を見て笑みを浮かべていた。
しばらくお茶を楽しんでいた私だったが、だんだん眠気が襲ってきた。目を覚ますかのように紅茶を飲むが、いっこうに眠気がとれない。それどころかどんどん抗えなくなるような気さえした。こんな夢のような状況で寝るわけにはいかない。
しかしそんな私の意思に反するかの如く、眠気は強くなり、フラリと椅子から落ちるように倒れる。かと思ったが、寸前でトキヤに抱き留められた。
「おやおや……苦さを忘れて夢の中へ?」
何か答えようと思ったが、声がでない。瞼が今にもくっつきそうだ。
フワリと浮く感覚。近くで聞こえる吐息。二人分の足音。ドアを開く音。閉じる音。再び足音。柔らかい布に置かれた感触。
朦朧とする意識の中、私はベッドに寝かされたということだけはなんとか認識できた。
「天蓋に守られて眠りに落ちる、ってね」
おやすみ、と言う音也の声が聞こえたような気がしたところで私の意識は途切れた。
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