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恋(染吹)
僕に、あそこまで攻撃的な態度をとった人は初めてだった。
それに、フィールドをがむしゃらに走りまわる彼は、
完璧を求める自分と は正反対な存在だと思っていたんだ、最初は。
そんな頃のことだ。
僕を含めた皆がキャラバンで寝ている時、外から物音がした。
それはボールが地面を転がる音、そして周りに生い茂っていた広葉樹に当たる、力強い音。
キャラバンの中にまで聞こえてくるなんて…これは誰が蹴ったボールなんだろうか。
そう気になってしまうと再び眠る気にもなれず、僕は冷気が漂う外へと出た。
北海道とはまた違う寒さに包まれ、思わず身をすくめてから俯いた顔をゆっくりとあげる。
そして目の前に広がる光景に僕は息を飲んだ。
そこには彼がいた。
何度も何度も、ボールを蹴り続ける彼の足は赤くなっていた。
その時、その瞬間に。
僕は呆気なく落ちたんだろう、
恋というものに。
*
最近のようで昔のような思い出を脳裏に浮かべていたら、
ワイバーンブリザードを失敗してしまった。
少しボーッとしていたせいか、ボールが若干軌道をずれたのだ。そしてゴールポストに衝突。
キャプテンは、珍しいなー!吹雪がミスるなんて、と言って笑っていたが
きっと"彼"は怒っている。
きっと、じゃなくて絶対だろう、
さっきもドスの聞いた声で怒鳴られてしまったし。
「吹雪!」
ほら、後ろから彼の声。
僕は咄嗟に振り向いて、
「染岡くん、さっきはごめんね」
俯いた。彼の近付く気配がする。
怒声を浴びるだろう。
だって悪いのは僕だ。公式試合じゃなくても、試合は試合。
そんな事は分かっていたはずなのに、と内心落ち込む。
「…別にいいけどよ。
それより、もうちょっとこういう角度で蹴った方が威力が増すと思うぜ」
彼はばつが悪そうに声のトーンを落としたあと、
言葉では表せない、と言いたげに身振り手振りで蹴り方の説明をした。
その教えはとても詳しく、分かりやすかった。
でもそれより、人を責めるときとは違う、優しい声色と、少しだけ当たる肩。
そして少しだけ近付く彼の香り。
それらが、僕の大好きな「染岡竜吾」を作り出していた。
「怒って…ないの?」
おずおずと問うと、君は何も言わずに微笑った。
たまにしか見せてくれない柔らかな笑みは、嬉しくて、嬉しくて、少しだけ苦い。
だって、僕だけの物にはならないだろうから。
でもそれでも、君が好きだ。
こんな思いをするのは、きっと僕だけだろうけど、それでも構わない。
*
「おい、円堂」
彼の声が、僕じゃない、他の人へと向けられる。
ただそれだけの事なのに、焦がるような思いをする。
彼は優しい。分かりにくいけれど、きっとチームメイトには絶対の信頼を持っているのだ。
だから僕にも優しくしてくれる。
でも、チームが無ければその繋がりも消え去ってしまうのだろう。
そう思うとただただ怖い。
今 の僕は孤独じゃない筈なのに、完璧を求めて脆く崩れたあの頃を思い出してしまう。
彼は冷たいようで優しいし、堅いようで柔らかい、そして尖っているようで滑らかなんだ。
そういうのをギャップ萌え、というのだろうかーーなんて。
とにかく、彼は魅力的だ。
それは僕に限った話ではないから心配だし不安だし心の中がぐちゃぐちゃになって。
彼に認められたい。サッカーとかじゃなくてもっと根本的なところを。
贅沢をいうと、僕を好きになって欲しい。でもそれは、
*
そんな時のこと。
僕は、練習中に倒れてしまった。
疲労が溜まっていたんだろう、と鬼道君は言ったけど、違う。
溜まっているのは彼への思いだ。
溢れ出しているから必死で蓋をしようともがいた。その結果だろう。
後から聞いた話では、僕は1時間くらい、真っ青な顔でずっと目を瞑っていたらしい。
眠りから覚めると、灰色。
キャラバンの天井の色だった。
ふと目を擦ると、透明な雫が指に。
何で泣くの。
彼がいなくなったわけでもないのにーーーでも、いなくなってしまったら怖くて怖くて堪らないよ、
自問自答を続けていると恐怖が更に高まって、
僕はしゃくり上げて泣き始めてしまった。
辛かった。恋という感情も、醜い自分も、他の人に優しい彼も、辛かったし悲しかった。
そんなときにガラガラ、と扉の開く音。
目の前には、驚きに目を丸くする君がいた。
うわ、こんなタイミング…!
そめ、お、か、くん と気丈にも声を発してみたが、
涙の中に途切れ途切れ、という悲惨な結果に終わった。
ごしごし、と目を擦る。
止まれ涙!
だって彼に理由を聞かれたら、きっと僕の思いは零れてしまうから。
それは駄目だよ、と心の中でつぶやく。
「おい、ふぶ…」
「何でもないよ」
何でもない。
本当に、何でもないってば。
だからすぐに練習に戻って。
僕のことは構わないで。
そうやって、少しずつ、近付いてこないでーーー
ふわり、と少しの空気抵抗。
暖かくて柔らかい温もり。
抱き締められてる、なんて嘘でしょう。
「何でもあるだろ、俺の前では強がるな」
強がってないよ、と明るい声で言いたいのに、そう思えば思うほど涙が溢れてくる。
君の体温を感じた。
とくん、と脈打つ君の心臓を感じたのも、全てが初めてだった。
ぎゅっ、とシャツを握った。離れていかないで、と心の中で念じた。
そして僕は、彼の顔を見上げる。
「好き、好きだよ染岡くん…!」
頭に血がのぼったし、鼓動の音がやけにうるさかった。
ーー僕だけの物になって欲しくて。
でもそれは無理だ、って諦めて。
考えれば考えるほど君が本当に欲しくなって。
誰にも奪われたくなくて。
この感情はもう、
「っ…だから、俺の前では強がるなって!」
鼓膜を震わせて全身に染み渡る君の声は、心地良かった。
僕だけの物になって欲しい、と呟くと締め付けは一層強くなった。
僕は、ぽろぽろと涙を落とす。
この切なくて優しくて甘くて苦い、この感情はやっぱり恋だ。
涙で揺れる視界の中、僕は呟く。
どうしようもないくらいに、
"君が大好き"
fin
2010/1/30
ーーーーーーー
完全吹雪視点でした。
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