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桜咲く頃に(綱立)

※高校生設定


ジーパンのポケットに入れておいた携帯が呻くように震えた。
そういえばマナーモードのままだったーー
立向居は塗装が剥げてボロボロになりかけているそれを手に取り、そして開く。
バイブレーションが知らせたのはメールの受信だった。

おそるおそるメールボックスを開くとそこには
「合格した」
という一文。
それは中学校時代、共にサッカーをプレイした先輩からのメールだった。


(そうか、合格したのか…)


立向居は安堵だか落胆だか自分でも分からない溜息を落とした。
東京の学校、寮の自分の部屋は、気付いてみれば壁紙もシーツも全て寒色系で占められており、もう春だというのにひんやりとした心地悪さを感じる。
まだ昼の筈だったが外は薄暗く、空は今にも泣き出しそうな濃い灰色を浮かべており、寮内は誰もいないかのように静まり返っていた。
そんな中で、誰かに聞こえてしまうのではないかと思うほど どくどく、と大きく脈打つ心臓を掌で押さえながら、立向居はメールの作成ボックスを開いた。

(…何て言えばいいんだろう)

迷った末に打ち込んだのは おめでとうございます の一言。
もっと気のきいたことを言おうとしても、今の立向居にはそれが出来ないようだった。
軽く考え込んでから、先ほどの文章にニッコリマークの絵文字を付け足す。
これで彼の合格を祝福しているように見えるはずだ。
いや、実際祝福しているのだから何の問題も無いだろう。
そうやって立向居は自分を納得させるように頷き、そしてゆっくりと送信ボタンを押した。

沖縄にて彼と出会ったのは、立向居が中学一年生の時だった。
その彼は何よりも海が好きで波が好きで、自由奔放を具現したような存在。
サッカーにおいては初心者同様だったが、持ち前の運動神経でこなしてみせるような才能さえも持っていた。
その上、性格は明るくてやんちゃで兄貴肌で、優しかった。
そして立向居はそんな彼に心を惹かれていった。
男同士とか、そういった事情を考えることもなく。
自然と、当たり前のように。

結局、サッカーによって生まれたのは友情と、それとは違う特別な感情。そして特別な関係。
"サッカー仲間"という関係が終わってからも、"恋人"という関係は密かに続いていった。
立向居はサッカーをする為に東京の高校に入学、彼は沖縄…地元の高校に進学した。俗に言う遠距離なんとか、というものだった。
そして現在ーー立向居は高校1年生の冬を迎え、それと同様に彼は高校3年生の冬を迎えていた。
つまるところ、彼は大学受験生 というカテゴリーに属していたのだ。

が、今日でそのカテゴリーからも脱退。彼は地元の大学を受験し、そして合格という結果をもぎとったのだった。

立向居は、はぁ、ともう一度溜息をついた。
離れて3年ほどになった今でも彼の事を思っている。それは事実だ。
でも、ずっとこの先も沖縄と東京という遠い遠い距離を隔てないといけないのか、と思うとやるせない気持ちになってしまうのは仕方がない事だ。
そりゃ、メールだって電話だって週に2回くらいはしているけれど。でもやっぱり彼の笑顔が見たい、と思ってしまう。
彼の少しかさついた唇に包まれるその瞬間を、自分は望んでいるのだ。

会いたい、会いたい、会いたい。
今まで口に出さなかったのは別にこれくらいの距離、我慢できると思っていたからだ。
彼の存在が自分の中で ここまで大きくなっていた事に今更気付くなんて。
それに、大学に入れば交友関係も更に広がるだろうし、その点、彼はフレンドリーな性格で他人に好かれやすい。きっと女子にもモテるだろう。
彼と見知らぬ女子が腕を組んでいる光景が頭をよぎり、立向居は一人俯いた。
そしてベッドに思いきり飛び込む。スプリングが軋む音がやけに大きく聞こえ、立向居はぎゅっとシーツを握った。

合格おめでとうございます、って言った筈なのに。
少なくとも後3年は距離を隔てないといけない、だなんて。
高校生と大学生、だなんて。


「綱海さん」


彼の名前を呟くと、悲しみが溢れるようだった。
好きだから離れたくない、でも離れなくてはいけない、それが悲しい。

綱海さん、会いたいです。
こんな自分勝手な言葉を吐いたら、彼を困らせてしまう。
だって会えるはずがない。

そんなこと頭では痛いほど分かっているのに。
やはり、思いは抑えられなかった。
立向居の指は勝手にメールボックスを開き、文章を綴り、そして送信ボタンを押していた。
その後1分も経たないうちにバイブレーションが低く呻く。

"今 どこ?"

携帯電話というちっぽけな機械なのに、そのメッセージは温もりを持っていた。少なくとも、立向居にはそう感じられた。
内容の真意はよく分からなかったが、寮の自分の部屋です、と返信を返す。
すると、少し経ってから再度バイブレーション。

"部屋番号は?"

部屋番号を知ってどうなるのだろうか、と首を傾げつつも、自分の部屋番号を打つ。
いつも見ている3つの数字が妙に特別に思えて、心臓が、焦がれるように疼いた。

と、外に面している窓にノック音が響いた。
正規の出入り場所ではないここは、少人数の警備員の目をくぐり抜ければ簡単に部外者が入ることのできる裏口として寮生もよくお世話になっている。
だが、今日は誰かが来る予定はなかったため、立向居は疑問を持ちつつもおそるおそるカーテンを引き、鍵を開けた。ゆっくり、少しずつ開く。


「よ、立向居」


そこには、ずっとずっと思い浮かべていた彼の姿があった。
背丈は高くなり体つきも前より更に引き締まっていたが、太陽のように輝く笑顔はちっとも変わっていなかった。
桃色の髪が冷えた風に揺れ、彼は立向居の名前を再度呼ぶ。


立向居は驚きに目を見開いて、そして唇を大きく震わせた。
綱海さん、とやっと出した言葉は、まるで何年も声を発していなかったようにひどく掠れていた。
「何で…」
何でこんな所に、と言おうとしたが、
「とりあえず中に入れてくれないか」
綱海が寒そうに身を縮こまらせたため、立向居は慌てて彼を部屋に入れた。

「あの、どうぞ」
「ん、お邪魔する」
綱海は部屋の中をぐるりと見渡し、殺風景な部屋だな と呟いた。
「わ、悪かったですね!…ていうか、どうしたんですか?沖縄にいるんじゃなかったんですか?」
立向居は自分より幾許か上にある彼の顔を見つめた。
なんで、どうしてーーそんな考えばかりが浮かんでくる。
「だってお前が会いたいって言ったんだろ」
「そりゃ言いましたけど…」
「何、俺と会いたくなかった?」
「…っ、そんなわけ無いじゃないですか!!」

茶化して笑う綱海に、立向居は強い声を出した。
驚いたように目を丸くする綱海に
「そんなわけない…!ずっと、ずっと会いたかったんですよ!!」
立向居は今まで言わなかった言葉を吐露した。流さないと決めていた涙が滲み、視界が煌いて揺れる。
まるで夢のようだった。彼の大きな身体に近付きたくて、でも近付けなくて。
辛い時には彼に抱きつきたくて堪らなかったけど、それも出来なくて。
本当は、ずっと。

「綱海さん、好きです。…もう離れたく、ないんです」
途切れ途切れに発した言葉は自分勝手も甚だしいものだったが、でもそれでも、綱海は立向居を優しく抱きしめた。
その温もりを何年もの間、欲していた事に気付く。

「分かってる。お前が何かを我慢するときに、笑顔の絵文字を入れることなんて」

何年一緒にいると思ってるんだよ、と綱海は小さく呟いた。
そして、もう我慢しなくていいから、ずっと一緒だから、と何度も何度も、子供をあやすように言い続けた。

きらきらとした世界がゆっくりと回った。立向居は小さいころによく乗っていたメリーゴーランドを思い出した。
この優しさにあふれた世界にも終りが来る。そう思うと淋しくて仕方がなかった。

「沖縄と東京なんて遠すぎます…」
「ん…でも少しの我慢だからよ。俺も春からこっちの大学通うしさ」
「だから、こっちの大学なんて遠いじゃないですか……って、え?」
さっきまで涙に濡れていた立向居の瞳が大きく揺れる。首を小さく傾げ、きょとんとした様子で綱海を上目遣いに見つめた。

…ちょっと待て、ここは東京だ。ということはつまり、

「…綱海さん、東京の大学に行くんですか?」

おそらく立向居は今まで生きてきた中で一番頭を使った。
そして出てきた疑惑を、彼はこともなげに肯定する。
「あれ、言ってなかったっけ?そうだよ」


え、いや、だって地元の大学に行くって言ってたでしょうーーー…確かに、木暮くんが。


「…っ…初耳です…!」
騙された、というよりからかわれたんだ、と気付くと同時に顔がかあっと熱くなった。
ていうか、本人に聞かない俺が馬鹿なんだ!

うう、と小さく呻きながら床に崩れ落ちる立向居だったが、そうなるとまた新たな疑問が生まれる。
「…どこの大学ですか?」
「ほら、あれ」
綱海はカーテンを開け、窓の外を指差した。その距離わずか50m。


ーーー俺の高校の隣にあるじゃないか!


立向居の通う○○大学附属高校の隣にある大学が何なのか?そんなことはもう分かり切っている。

「う、嘘だ…」
「いやいや、嘘じゃないって。知ってただろ?」
運動推薦で入れた、と得意気に言う彼の方をきっと睨む。
「聞いて、ないですよ!!」
「え、そうだっけ…?」
怒り半分、呆れ半分で憤慨する立向居を見て、綱海の頬に冷や汗がたらりと流れる。
「ごめん!知らせた気でいた!」

まったく、綱海さんは昔から変わらない。
2歳も年上だというのにどうしてこうなんだろう。
ありえないとか、酷いとか、俺の涙を返せとか。言いたいことは山ほどあるのだ。
でも、怒りよりも喜びのほうが大きいだなんて俺も相当いかれてる。


「…分かりました。今日はこれで良いです」


本当は、海に囲まれた沖縄を出たくなかったはず。
それでも、傍に来てくれたっていう事は

自惚れても良いんですよね?



綱海はほっとしたように柔らかく笑い、立向居の髪をくしゃくしゃと乱した。
いつもならやめてください、とか何とか言うところだが実は、その大きな手が好きだったりするのだ。
あと、引き締まった身体も。
優しい声音も。
最近気付いたことだが、多分、全部好きなのだ。

だから、貴方の近くにいられるのなら、それが俺の幸せ。


「…もう、やっと言えますね」


立向居は柔らかく微笑み、そして口を開く。

“これからもずっと、側に居てください”




Fin

2010/2/28〜2011/3/9


2010年の冬に書き始めたはずが
完成に一年以上かかるというこのぐだぐだっぷり…
どうもすみません(;ω;)

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あきゅろす。
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