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盲目の少年達(一土)

土門が風呂から上がり、濡れた頭を掻きながら自室へ入ると、真っ先に目に入ったのは自身の黒い携帯である。
青い光の点滅をちらと見て、充電器に繋がれたそれを開く。
新着メール一件。

「今からコンビニ行くんだけど、土門も来ない?」

只今、PM22:00。
「もっと早くに行ってくれれば風呂は後にしたのに…」
小さく恨み言を呟いてから、部屋着のスウェット姿に黒のダウンジャケットを羽織る。
地元なんだから洒落た格好をする必要は無い。
ダウンのポケットに小銭を入れてそして土門は空気も凍るような寒さへと身を委ねた。

「土門」
自分の家の前に立っていた一之瀬は土門の姿に気付くと、笑みを浮かべながらひらひらと手を振った。
「もしかして風呂上がり?」
「まぁな」
「ごめん、そう言ってくれれば一人でいったのに…」
申し訳なさそうな表情を浮かべる一之瀬に、
「別に大丈夫。真冬の寒さの中、一人はきついだろ」
それに暗いし、心配する と呟くと一之瀬は珍しく静かになって、ありがとうと言った。
一之瀬の頬に少し赤みがさしたように見えて、土門は面食らった。
自分が先ほど口にした言葉を反芻してみると、なるほど、恥ずかしい。
じわじわと熱くなっていく頬を冷たい空気に晒すように、土門は数回首を振った。

「で、何しにいくの?」
「んー、肉まんが食べたくなってさ」
「絶対そんなしょうもないことだと思った。お前らしいよ」
「ありがとう!」
「褒めたわけじゃないんだけどな…」

一之瀬の家から10分ほど歩いたところにそのコンビニはあった。
外の闇から一転、明るい白の光に包まれてほっとする。
店内は外の冷気から完全に遮断されており暖かかった。

肉まんを買うと言っておきながらまず最初に一之瀬が向かったのは、お菓子売り場だった。
ポテチ一袋、グミ、ストロベリーやミルクなど数種類のフレーバーが入っているお徳用チョコレートの袋を次々とカゴに放り込んでいく。

「お金あるのか?」
そんなに買って、と土門が言うと一之瀬はだいじょーぶだいじょーぶ、と笑った。

そして既に前に3人ほど並んでいるレジの最後尾へと連なった。
一之瀬達の番はすぐにきて、土門が店員にカゴを差し出すと一之瀬は肉まんを頼もうとして少し身を乗り出した。

「あの…」

しかし、止まった。
土門は一之瀬がある一点を見つめているのに気付いた。


ピザまん、である。


なんと、肉まんが食べたいと言ってわざわざ22:00にコンビニに来た男は今、
肉まんとピザまんのどちらを買うかで悩んでいるらしかった。


…まったく、これだから一之瀬一哉ってやつは!


「肉まんとピザまん、ひとつずつ下さい」

土門が店員にそう言うと、一之瀬が驚きの表情で自分の方を見てくるのが分かった。
しかしその視線に気付かないふりをして、土門は100円玉を一枚出した。
一之瀬は無言で500円玉を出した。
お釣りは無し。
店員のありがとうございましたー、という声を背後に聞きながら、土門と一之瀬は再び身も凍る様な寒さに包まれる。

ポテチ100円、グミ100円、チョコレート200円、肉まん100円、そしてピザまん100円。
それくらいちょっと考えたら分かるんだ。もう何年も一緒にいるんだから、さ。


「ねぇ土門」
「なに」
「何で俺が500円しか持ってないとか、ピザまんも食べたくなったとか、わかるの」
「…お前のことなら分かるんだよなぁ。多分、俺はそういう風に出来てるんだと思うけど」

一之瀬がふいに立ち止まり、空を見上げた。
それにつられて土門も空を見上げる。
満月だった。
冷凍されたように冷たい真っ黒な夜空の中にぽつんと黄金色が浮かんでいた。

「土門は俺のこと、よく見てるよね」
空を見上げたまま一之瀬が言った。
「俺、たまに 何でこんなに土門のことが好きなんだろ って考えるんだよ」

「俺の目には土門だけがキラキラと輝いて映るんだ。
恋は盲目、っていうだろ?
だから俺もこの『キラキラ現象』はそれだと思ってたんだ。
でも、違った。
土門は盲目の俺とは違って、しっかり俺のこと見てくれてるんだって分かった。
俺が深夜コンビニに行きたいって言い出しても文句一つ言わずについてきてくれるし、心配してくれるし。

盲目なんかじゃなくて、
土門はちゃんと俺に優しくしてくれてるって、分かったんだ」


土門はそれまで黙って一之瀬の言葉を聞いていたが、やがて口を開き、言った。

「…お前は盲目だよ」

俺はお前の為に優しくしてあげてるわけじゃない。
俺がそうしたくて、やってるんだ。
お前が思ってるよりも全然、俺はお前のことがすきなんだよ、一之瀬。


土門が言葉を紡ぎ終わると、一之瀬は小さく息を吐いた。
闇のせいで表情は分からなかったけれど、何となく予想はつく。

お前が盲目なら俺も盲目だ、と土門は心の中で呟いた。

22:00にただの友達にコンビニに誘われても行かないぜ、普通。
何を買いたいんだろう、とかいくら持ってきてるんだろうか、とかお金足りないんだろうな、とか。
そんな事、わざわざ考えるはずがない。
我儘なお前だけど、それでも良いと思うから一緒にいるんだ。

これを盲目と呼ばずに何と呼ぶ?

「…そっか、じゃあ俺達二人とも盲目だね」
一之瀬は小さく笑みを零した。

今見上げている空に浮かぶ月の中は、どう頑張っても見えそうにない。
お互いの心の中だって、全部なんて見えないだろう。
でも、その中の一部分だけでも見る事ができたらそれはとても幸せなことなんだろうなぁ、と土門は思った。


暗闇の中で一之瀬の腕が、自分の腰にまわされるのが分かった。
姿は目には見えなかったが、触れた肌と肌の温もりと、お互いの心臓の音は目が見えない中でも確かに感じられた。


「俺の家、寄って。今日は泊まっていきなよ。
たくさんお菓子も買ったし、肉まんとピザまん、一緒に食べたいから、さ」

「へいへい」


土門は苦笑いを浮かべながら一之瀬の頬に触り、暗闇の中で控えめに口づけた。



Fin


2011/1/24




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