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アットホーム(綱立)



「部屋、入ってて」

受信したメールを見て、立向居はごくりと唾を呑む。
一月ほど前に綱海から貰った銀色に輝く鍵、
それを使用するのは初めてだった。

鍵穴とそれとを交互に見つめ、ついに立向居はこわごわと手を伸ばす。

カチャリという単純な音が響き、無意識にほっと息を漏らした。
ドアノブを捻ると案外簡単に開いたその扉の先に足を踏み入れる。

脱ぎ散らかした服やテキストブックが床を占領しており、
まったくあの人は、と立向居は苦い顔をした。

床に散らかった物を少しどかして出来たスペースに座る。
いつもは二人掛けの茶色いソファーに座るのだが、
家主がいないなかでソファーに座るのは何だかいけないような気がしたのだ。

いつもより少しだけ低い目線から見ると、見慣れたものも新鮮に映る。
そんな中、目に映ったのは綱海のよく来ている青いポロシャツ。
無意識にそれを手に取ると、彼の匂いがした。
香水とかではなく、生活感溢れるその匂いはお互いが初めて出会った中学生の頃から変わらない。

立向居は少しだけ躊躇ってから、そのポロシャツを自分の顔に近づけた。

目を瞑りゆっくりと息を吸ってみると、
まるで彼のがっしりとした体に抱きしめられているような錯覚に陥る。



「綱海…さん」



ーーーーそして立向居の意識は、まどろみの中へと落ちていった。


*


ーーおい、立向居。



真っ先に反応したのは聴覚だった。
そして薄く目を開くとそこには彼の姿があり、現実を知る。

「う、わあっ!!!」

思ったよりも大きい声が出て、立向居は慌てて口を塞ぐ。


「す、すみませんお邪魔してます」


綱海は、おう、と笑って


「よく寝れたな、こんなところで。疲れてたのか?」

「はい、疲れてたというより」

居心地が良くて、と小さく呟くと自分で思ったよりも可愛らしい台詞になっていて立向居は顔を赤くした。


綱海はニヤニヤとしながら、

「へぇー、居心地良かったんだ」

「…今の嘘です。別にそんなことないです。ゴミだらけだし」

「でもその割には、幸せそうな顔してたぞ」

「…そんなこと」

「ほら、それだって大事そうに抱えてるしな」

それ、と示された先には無意識に手を伸ばした彼のポロシャツ。
自分のしたことに気付き、立向居の顔が一気に熱くなる。

「っ…!違いますこれは…!」

咄嗟に出た反駁の言葉に、やばい、と思った。
案の定綱海はニヤニヤとした笑いを隠そうともせず、


「これは、何なんだよ?」

と言った。


「正直に言わないと、色々するぞ」

「色々って」

「色々は色々だ」



こうなるともう、負けるしかない。
最初から隙を見せていた立向居の負けだった。


「…っ、綱海さんの匂いがしたので、嗅ぎたくなって、無意識に手に取ってました!

そのシャツをぎゅってすると何か…抱きしめられてる、みたいで」


それが凄く心地よかった、なんてところまでは言わないけれど。

顔が更に熱を帯びてくる。
俯いて隠そうとしたが、きっと彼にはバレバレだ。


彼の近づく気配、その一瞬後には立向居は綱海の腕の中にいた。


「…抱きしめられてるみたいです」

「そりゃ、な。」

彼の匂いはさっき感じて、
今感じているのもそれと一緒な筈なのに。
今の方が鮮明で温かく、やわらかいような気がした。
先ほどとは違う、安心感に包まれて何だか泣きそうになった。


そして彼は優しげな声色で、
ほら、本物の方が良いだろ?と笑う。
立向居は彼に気付かれないくらい、小さく頷いた。



fin


2010/5/1







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