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別れが来ようとも(一土)


ピアノが繊細なメロディを奏で始める。
体育館の壁には「卒業証書授与式」の文字と式次第が、毛筆で書き並べられていた。

(もう、終わりなんだなぁ)

一之瀬は集中して周りの歌声に耳を傾けた。
控えめだったメロディはいつしか大きく、強いものへと変わっており、まるで最後の叫びだとでもいうように、同級生達は心を込めてメロディに歌を乗せている。

右斜め後ろをちらりと伺うと、土門の姿が見えた。
細い切れ長の目に少しだけ涙を滲ませている。
(珍しいね、土門が泣くなんて)
きっと、楽しかったんだろうなあ、雷門中での日常はーーー。

一之瀬は前に向き直り、今見た彼の姿を頭に思い浮かべながら、ほんの少し口を緩ませて最後のフレーズに歌声を乗せた。



無事に始まった式は無事に終わり、桃色に咲き染まった桜が一之瀬たちを迎えた。

「おーい、一之瀬!このあと部活のメンバーで雷々軒に行こうと思っているんだけど」
校門の前で土門と桜を見上げていたら、円堂の笑顔と声が近付いてきた。
隣には豪炎寺の姿もあり、そんな見慣れた光景が明日からは見れなくなるんだなぁーーと、改めて"卒業"という一区切りを痛感させられる。

「どうだ、一緒に行かないか」
「ごめん…今日は遠慮しておくよ」
「そうか」

一之瀬が申し訳なさそうに詫びると、豪炎寺は別にいい、とあっさりした様子で首を振った。

「土門は?どうする?」
一之瀬は右側にある彼の顔を見上げた。
「俺もちょっと…悪い」
「了解。まぁ、また集まろうと思えば集まれるしな!」

苦笑いを浮かべる土門に、円堂は特に気にした様子もなく にこにこと笑いながらじゃあな、と言って去っていった。


「…一之瀬。俺、家に帰るけど…来る?」
「行ってもいいの?」
「いいよ」

一之瀬は嬉しそうに笑いながら土門の腕を取り、土門の家の方角に足を向けた。
土門は焦ったように離せ、と言ったが本気で離して欲しい訳じゃない、というのはお互いに分かっている事だった。



「あー、もう終わりなんだね」
中学校生活、と一之瀬は静かに呟いた。
土門の部屋には春の暖かな日が降り注いでおり、気持ちが良い。
うーん、と のびをする一之瀬に土門は柔らかに微笑んだ。

「…そうだな。」
「土門、泣いてたでしょ」
「…見られてたのか」
「珍しいよね、土門が泣くのって」
一之瀬の口調は茶化す時のそれだったが、瞳は真剣だ。
やっぱり卒業というものは、別れというものは、寂しく、苦しいものである。
一之瀬と土門が離れた時にもーー遠い昔にも、痛いほど経験したのだ。

「…ああ。やっぱ寂しいな…。お前以外とは進路も別々だったし」
あいつらとサッカーするの、楽しかった、本当にーーと土門は小さく呟く。

「俺もだよ。途中からだったのに、快くチームに入れてくれた皆には本当に感謝してる」

感謝してるからこそ、哀しくて、寂しい。
少しだけ滲んできた雫を振り切るように一之瀬は声をあげる。
「あー、俺、大丈夫かなぁ!」
「何が?」
「皆がいなくなって、寂しくて泣いちゃったりしないかなぁ…。土門のこと、更に困らせたりしたくないんだけどなぁ」

一之瀬がぼそぼそと、少し口を尖らせて言う様子に土門はくすりと笑う。

「ありがと。でも俺は大丈夫だよ」
一之瀬が側にいてくれるから、大丈夫。

そう言った土門の笑顔は、晴れ晴れしく。
まるで今日の暖かな陽気のように柔らかかった。

一之瀬は驚いてから少し顔を赤くして照れたように笑い、そしてーーー

俺も、土門がいてくれるから大丈夫。

そう、小さく。
でもはっきりと呟いたのだった。


Fin


2010/3/14


ーーーーーーー
2010年卒業ネタ。
スランプでした(^3^)泣

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