雨の日からの日課
5
どれぐらい経っていただろうか。
案外短かったかもしれない。
ふと、自分は何をやっているのだ、早く帰らなくては、という思いが出てきたのだ。
感受性が強いとは良く言われるが、少し落ち込み過ぎた。
あのようなことなど何時でも起こりうるものではないか。
此処まで傷付く必要はないだろう。
きちんとそう思えるまで、少し時間を要した。
まだモヤモヤしているけれど。
やはり、全く止む気配の無い雨の所為だろうか。
今思えば、風を受けようとするより雨に打たれていたほうが冷たさを感じられて良いような気がする。
自転車のサドルに跨ろうとした。
だが足を上げた途端、左足に痛みが走った。
倒れたときにでも捻ってしまったのだろうか。つくづく運が悪い。
だが、まだ歩いたり自転車をこいだりはできる範囲の痛さだった。
痛みを我慢し、もう一度足を上げようとした。
ふと、後ろに気配を感じて振り返った。
自分と同じ学校の制服を着た、女子生徒。
先程のこともあってか俺は警戒していたが、彼女も自転車のハンドルを握って立っていた。
傘を差していなければカッパも着ておらず、制服は濡れていた。
自分が邪魔になっているのか、とすぐに気付いた。
自転車を横に進ませ、彼女に謝罪しようとした。
「さっき転んでたよね…大丈夫?」
それは自分が期待していた言葉だったのかも知れない。
同時に、思わぬ言葉でもあった。
どうやら彼女は、先程横転した俺を見ていたらしい。
あの時の嫌な感情が甦ると同時に、羞恥心という感情もこみ上げてきた。
俺は、どう返せば良いのか分からず無言であったが、彼女は「怪我とかはしてない?」「ずっと立ち止まってたけど、何もない?」などと、いろいろ心配をしてくれた。
雨の日は大変だ。だから、自分のことしか頭に無い。
だけど、このように他人に優しくしてくれる人が居るのか。
何か、暖かい感情を覚えた気がした。
俺はずっと言葉を返せずに居たが、そんな自分を心配そうに見つめる彼女を見て、勇気を出して、とりあえず言葉を紡ごうとした。
「あ…えっと」
…が、上手く出てこない。…もう少し頑張れ、俺。
「足、少し捻ったみたいですけど、歩けるみたいだし大丈夫です。心配してくれて…あ、有難う御座います」
途切れ途切れだったけれど、目の前の少女が頷きながら真剣に聞いてくれたので、安心した。
最後まで言い切ることが出来た。
相手も安心したように、にこりと微笑んだ。
「酷くなくて良かった。足、無理しないでね」
そう言ったあと、彼女は自転車に乗って、坂を下った先の交差点を曲がって行った。
既に雨は小降りになっていた。
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