Prologue 「ここもダメだったか…」 ブラックはタウンマップを大きく広げ、今自分がいる場所にバツ印を付けた。すでにタウンマップには、沢山のバツ印が付いていて、それを確認したブラックは大きく溜息を吐いた。 旅を始めてから、だいぶ月日が経った。本業であるチャンピオンの仕事を果たしながらの旅だったので、なかなか各地をめぐることができなかったが、ここが最後の場所だった。 各地で知り合った人たちからの連絡が無いということは、目撃情報などが入っていないということを示す。 「もう一度イッシュをまわってみるか」 もしかしたら、戻ってきているかもしれないしな。と小さく呟いて、隣に控えていたギャロップの背中を撫でた。彼は心配そうな顔をして、ブラックの頬に額を寄せる。 心配をかけているのは分かっていた。でもそうでもしないと、それこそどうにかなってしまいそうで、ブラックはゆっくりと目を閉じる。 瞼の裏に浮かぶのは、いつもあの最期に見たアイツの姿だ。今にも泣きそうな、そして決意を抱いた瞳。何故、あの時自分はアイツの手をとらなかったのだろう。 こんなに心配して、ろくに寝ることもできなくなって。ただ我武者羅になってあちこちを旅してアイツを捜しまわった。ほんのわずかな情報でも、もしかしたらアイツに繋がるんじゃないかと必死になって。期待はしないほうがいいとわかっているのに変に期待をしたりして。そのときの落胆具合は半端ないものだったけれど。 「レシラム」 腰に付いているモンスターボールの中から1つ取り出し、宙に放つ。ボールが手に戻ってくると同時に白く美しいドラゴンが姿を現した。控えていたギャロップを別のボールに戻してから白いドラゴン、レシラムの背に跨る。 「イッシュに戻ろう。一度…そうだな。カノコに行って博士と母さんに会わないと」 ブラックが初めて遠い地方へ旅に出ると決めた日にした約束。帰ってきたら真っ先に実家に帰る。それだけでいいと、母は旅立つ息子にそういった。元気な姿が見られればそれで十分だと。親不孝者だというのは十分承知している。でもブラックは旅に出た。 自分にとって大切とも言える人を捜す旅に。 レシラムは一度咆哮して大きく翼を羽ばたかせた。そしてその姿は大空へと消えていった。 ********** 「ブラック、帰ってきて早々に悪いんだけど、ちょっといいかしら?」 無事にカノコに戻ったブラックを迎えたのは、少し焦った顔をしたアララギ博士だった。 呼ばれるままに、博士の自宅兼研究所に向かうと、研究所の大きなスクリーンは4分割され、そこには各地方で有名なポケモン研究をしている博士たちが映っていた。スクリーンの向かいには、アララギ博士とその父親。そして、ブラックの幼馴染の1人で現在博士の手伝いをしているベルの姿があった。 「博士、何かありましたか?」 「ブラック、悪いわね本当」 ブラックを迎えた博士は、ほっと息を吐いたけれどその表情はとても曇っている。 いつもにこやかな笑みを浮かべている博士の父親もなんだか難しい顔をしていて、ただ事ではないのは一目瞭然だった。 「ブラック…」 「大丈夫だよ、ベル」 不安そうな表情でブラックを見るベルの肩を叩いて、ブラックはそういった。何が大丈夫なんだか自分でも分からなかったけれど、それだけでもベルは安心したようだった。 「それでね、ブラック…実は…」 博士の口から出た言葉は、ブラックに多大なる衝撃を与えた。 アララギ博士からの呼び出しを受けた後、ブラックは直ぐに行動を開始した。 ポケモンリーグに戻り、協会の理事に話をつけ四天王たちに事情を説明する。前任のチャンピオンだったアデクを捜し出すのに若干の苦労を強いられたが、皆すぐに了承をしてくれた。必要なものは、博士たちが用意してくれるということだったので、自分が成すべきことを終えたブラックは、とある場所を訪れていた。 「……」 ゴオゴオと風の音が激しくなっている。髪が乱れるのも構わずに、ブラックは黙ったまま大きく穴の開いた壁を見つめていた。 モンスターボールの1つがカタカタと揺れている。そっとそのボールを掴んで開閉ボタンに触れると、レシラムが姿を現した。 「…きっとアイツはあの場所にいるのかもしれない」 ぽつりとブラックが呟いた。レシラムは何も言わずブラックの隣に控えて同じように壁に目を向けている。 「あんだけあちこち捜したんだ。そこ以外にもう思い当たるところが無いしな」 それに、とブラックは一度口を閉じ、目を伏せた。何を思っているのかレシラムには分からなかったが、悲観的なものではないのは確かだった。 「それに、たとえアイツが居なかったとしても、やらなきゃいけないことがあるしな。アララギ博士が推薦してくれたんだ。期待を裏切らないように頑張んないと」 よしっと掛け声と共にブラックは自分の両頬をパチンと叩いて顔を上げた。気持ちを切り替えたブラックの瞳はとても頼もしく感じられた。 「さぁ、レシラム。行こうか」 ひらりとレシラムの背に跨る。しっかりとブラックが乗っているのを確かめてからレシラムはカノコタウンに向かって飛び立った。 新たな旅立ちはもうすぐだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |