月下のぬくもり 八 その日の午後、桂秋は庭先で他の侍女と立ち話をしていた。 彼女の身内に病気の人間がいるそうで、その相談に乗っていたのだ。 これは初めてのことではなく、皇帝の周囲にいる人間は、桂秋によくそうした相談を持ちかけていた。 医者ならもちろん陸仙強がいたが、皇帝の侍医である彼には個人的なことを相談するわけにはいかない。 そのため彼もしくは彼女らは、桂秋に話を聞いてもらいたがった。 訴えを聞き、答えが必要なものには桂秋がわかる範囲のことを答えると、皆うれしそうにする。 答えを求められているのではなく、心配や愚痴を聞くだけのこともある。 今日も、親戚が長患いで伏せっていると心配そうな侍女をなぐさめて励まして、なんなら蘇朔に紹介状を書こうと言うと、彼女はうれしそうに笑った。 「蘇朔先生は評判のお医者さまですものね、先生に診ていただけるなら安心だわ」 「では書いておきますね。後でお渡しします」 「どうもありがとう」 そういう話をしていると、ちょうど皇帝が戻ってきたとのことで、桂秋は呼ばれて部屋に向かった。 すると皇帝は、その立ち話の様子を見ていたようだった。 長椅子に座っていた皇帝は、桂秋が入っていくとまず、 「おまえは、俺以外の人間には優しいな」 と言いながら笑った。 「え?」 「いまずっと話を聞いてやっていたろう?あの侍女はうれしそうにしていた。他にも、相談にいつでも気軽に乗ってくれるおまえには感謝しているという話はよく耳にする。俺にはいつもいつも厳しいのに、他の人間には優しいんだなと思って」 そのことを知っていたことに、桂秋は少し驚いた。 皇帝は気付いていないと思ったのだ。 「……他のみなさまは、それが自分のことであれ身内のことであれ、本気でその体のことを気にかけて心配しています。それに対し親身になって対応するのは当然のことです。それに比べて曜和さまは、ご自分のことなのにまったくお気に掛けません。ですからどうしても対応が厳しくなるのでございます」 そう答えると、皇帝はおかしそうに笑った。 「これまた手厳しい答えだ」 そして、いつものように他人事のように言った。 「俺もおまえに優しくしてもらいたいものだ」 「でしたら、ご自分の体調のことを、ご自分でももっとご心配になってくださいませ」 桂秋が顔をしかめるとまた笑う。 「はいはい」 だがその笑いを、いつになくすぐにおさめたのだ。 いつもならもう少し笑い続けるのにと、桂秋は首をかしげた。 すると皇帝は、桂秋に尋ねたのだ。 「そういえば、何かわかったのか?俺に毒を盛るやつがいるとかいう話は」 その件に関しては、陸仙強が困ってしまっていた。 調査はもちろん進めさせているが、何にも明らかにならないのだ。 怪しい様子を見た者などいない。 動機のありそうな者もいない。 そしてなにより、皇帝の体調も変わらなかった。 「いいえ、何も…。陸先生もお困りでして」 桂秋も困ったようにそう言うと、皇帝はまた他人事のように笑った。 「気にするなとおまえから伝えておいてくれ。しかし、毒ねえ」 そして、別のことを桂秋に話しかけた。 「そういえば、おまえ、都から出たことは?」 「地方に赴任した父について行ったことがございます。連州や用州、あと印州です」 「印州?では朝廉山(ちょうれんざん)には?」 朝廉山とは印州にあるこの国随一の山で、神秘的な山として尊ばれている。 しかし、都からは少し離れていた。 「はい、参ったことがございます。大変美しく、立派な山でございました」 「一度じかに見てみたい」 「ご体調がよろしくなったら、ぜひいらしてくださいませ。そのためには、お体の管理をご自分でもしっかりなさっていただかないと」 桂秋が強くそう言うと、皇帝は笑う。 「そらまた始まった」 「また、ではございません!」 皇帝は笑って聞き流しながら、壁にある山水画へ目をやった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |