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月下のぬくもり
三十六[完]
翌日、桂秋は改めて宮中に向かった。
これまでとは違い、皆が自分にかしずいてこれ以上ないほどに丁寧に扱ってくれる。
それに少し戸惑いながら、桂秋は皇帝の部屋に向かった。

「桂秋さまがご到着になりました」
部屋に入ると、そこはこれまでどおりで、皇帝がいつものような笑顔で出迎えてくれた。
それにほっとしたのだが、桂秋はすぐに気付いた。
部屋の様子が少し変わっていたことに。
壁に飾られていた先帝の絵が、取り払われていたのだった。

「別のところに飾らせた。ここにはそのうちまた違うものを飾る」
「そうですね…」
桂秋はほほ笑んでうなずいた。
うなずくと、頭上の髪飾りが揺れるのがわかる。

長椅子に腰を下ろしていた皇帝は、桂秋に手招きをした。
それに桂秋がためらいつつそばに近づくと、皇帝はその手をつかんでぐっと引き寄せ、腰に手を回して自分の隣に座らせた。
「!」
桂秋が驚いて顔を赤くすると、その様子に皇帝はおかしそうに笑った。

そして続けて、おそらくはわざと、桂秋の耳元でささやくように言った。
「見違えたな、まるで別人じゃないか」
桂秋は今、頭のてっぺんから爪先まで着飾っていた。
桂秋が耳まで真っ赤になるのを見て、やっぱりなと言いたげに笑い出す。

「曜和さま!」
「本当のことを言っただけなのになぜ怒る…」
「……!」
「本当におまえはからかいがいがあるな。さ、今夜はこれから宴だ。おまえを迎えたことを祝してのな。舞姫をたくさん用意させたから」
「曜和さま。そこまでしていただかなくとも結構でございます」
「おまえは本当に真面目だな」
皇帝は笑う。
「今夜は気兼ねなくゆっくり見るといい。ところでおまえは前に、俺は俺の好きなものだけを求めればいいと言ったな」
「はい、申しました。わたしのことなどお気になさらず、ご自分のお好きなものだけをお求めください」
「そうだろう。だから、今夜はそうさせてもらう」
皇帝は意味ありげに笑った。
「おまえは、いつも俺に早く寝ろ早く寝ろとうるさかったが、今夜は決してそうはしないからな。おまえだってそうだ。そうはさせない」
「え?」
皇帝は、その笑顔のまま桂秋の手をつかんだ。
「今夜は寝かさない」

真っ赤になって飛びのくように立ち上がった桂秋を見て、皇帝は笑い転げた。
「曜和さま!」
「冗談だ。いや、そう冗談でもないんだが…」
皇帝は、桂秋の手を取った。
「今度一緒に離宮に行こう」
「そんなことをおっしゃるなら参りません!」
「朝廉山にも。……一目でいいから見てみたい」
皇帝の視線が、ないはずの絵に向けられた。
それに気付いた桂秋は、立っている位置をその視線の先に変えた。
「ぜひお供させてくださいませ」
それを見た皇帝は笑った。
「どこへでも参ります」

〜完〜


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あきゅろす。
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