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月下のぬくもり
二十九
大きな広間には人がずらりと並んでいる。
いまはすっかり元気そうな様子の皇帝を見て、みな安心したようにうなずきあう。

皇帝の両脇には、後宮の女性たちが並んでいた。
宋紅芭もいる。
誰もが華やかに着飾っていて、まさに花が飾られているようだ。

誰が皇帝のすぐそばに着座するかでもめたらしい、と桂秋は耳にしていた。
もっともなことだと思う。

桂秋は、なるべく目立たないようにしていた。
皇帝の前にも料理は並んでいるが、皇帝はなかなか箸をつけない。
杯に酒は注がれたが、こちらも口をつけない。
陛下、召し上がらないのですか、と女性たちが口々に尋ねる。

目の前で軽業師の余興が始まった。
すると皇帝は振り向いて桂秋に声をかけたのだ。
「桂秋」
「はい?」
皇帝はさらに手招きをする。
そうされたらそばに行かざるを得ない。
「どうかなさいましたか?」
「そんなところじゃ見えないだろう」
「曜和さま」
桂秋は顔をしかめた。
「わたしは宴を楽しむために参ったのではございません。ですから結構でございます」
「俺は、皆に楽しんでほしいと思って開いたんだ。皆にはおまえだって含まれる」
「……」
「そんな顔をするな」
渋い顔をしている桂秋に、皇帝は笑って正面を見るよううながした。

皇帝の指差すほうを見ると、確かに軽業がよく見える。
それはそうで、ここが一番の上座で一番よく見える席だ。
広間の高い天井の下、二人の男性がその天井まで届かんばかりに軽々と飛び跳ねて、まるで床になにかが細工されているようだ。
でもそんな細工はない。
軽々と飛び跳ねては空中でくるくると回る。
一座の皆は面白そうに眺めているが、桂秋は、面白いというよりも不思議で仕方がない。
じっと見つめている桂秋に皇帝は笑う。

濃い化粧の女性が出てきて、いくつもの玉を器用に操って、落とすことなく両手両足でつかんだり投げ上げたり蹴り上げたり、そうしながら自分も一回転二回転と回ってみせる。
いったいどこを見ていればたくさんの玉を落とさず扱えるのかと、桂秋は女性の顔ばかり見ていたがもちろんよくわからない。
思わず首をかしげると、皇帝はくすくすと笑う。

まるで体中の骨がないかのように、全身をぐにゃぐにゃと曲げる女性を見たとき、桂秋は皇帝に尋ねていた。
「あの方の体は一体どうなっているんでしょう」
「さあなあ。あとで呼び寄せよう。聞いてみるといい」
「そうですね」
桂秋がうなずくと、皇帝は笑い出した。

「曜和さま?」
そこで桂秋は、先程から皇帝が自分のことばかり見ていたことに思いが至った。
そう気がつくと、思わず頬が赤くなった。
「あの…どうかなさいましたか?」
「おまえを見ているほうがよほど面白い。なぜ、そんなに真面目な顔で不思議そうに見ているんだ」
「な、なぜって、不思議ではございませんか?どうしてこういうことができるのかと」
「それはそうだが…」
「……」
桂秋は、もう後ろに下がろうとした。

上座から広間の様子はよく見て取れるが、それは逆もそうだった。
みんながこちらを見ているのだ。
陛下がかわいがっているのはあの娘だ、という声が届いてくる。
医者の弟子だが、今では陛下がとてもかわいがっているそうだ、と。
あの郭途どのの令嬢だそうだ、という声もした。

「郭途どの、というとあの?いずれ大臣にとも言われていたのに、先の陛下のせいで……」
「そう、その郭途どの。そのご令嬢だそうだ」
「あの子のことを陛下がかわいがっているというのは存じていたが、まさかそういう方だったとは。で、なぜそれが医者の弟子なのだ?」
「今も来ているあの町医者の蘇朔先生、あの先生が郭途どのの主治医で…」
どうも、自分はこの宴の場に格好の話題を提供しているらしい。

それ自体は、桂秋にとっては別によかった。
だが、だからといっていつまでもこうして皇帝のそばにいていいことにはならないだろう。
何より、皇帝の左右に侍っている女性たちからの刺すような視線も感じられた。


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あきゅろす。
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