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月下のぬくもり
二十五
陸仙強もまだ起きていた。
部屋には明々と灯がともっていて、まだ寝るつもりはないことを表していた。
「桂秋?どうしたんだね」
「先生、これをご覧になってください」
部屋に入った桂秋は、陸仙強に書物を開いて見せた。
「機州には、こんな毒草が生えているようです」
目を通した陸仙強は息を飲んだ。

「煎じてしまえば無味無臭でかつ無色透明。これでは食事に混ぜられていても、お酒に混ぜられていてもわかりません。
即効性の毒ではなく、体内に徐々に蓄積されて少しずつ体をむしばんでゆくと。
主な症状は息苦しさ。それに頭痛やめまい、食欲不振。ある程度継続して摂取すると、突然呼吸ができなくなるという発作に襲われる。発作の時には手足が氷のように冷たくなる。
一度発作が起きると、繰り返して生じるようになり、そして最後は、呼吸ができなくなって落命すると…」
「曜和さまの症状にぴたりと当てはまるではないか。この毒に効果のある薬草もここに書いてあるな」
陸仙強は目を凝らすようにして読むと、一つ大きくうなずいた。
「この毒にはこの特定の薬草しか効果がないのか。しかも機州にしか存在しないと。では早速手配を」

陸仙強が急いで人を呼び、用件を言いつける。
そのあと、安心したように大きく息をついた。
「ああ桂秋、よくやった。よく見つけたな。そうか、いまさらだがやはり毒だったか…。しかも、お命を狙う毒物か」
陸仙強はそう言って首を振ったあと、再度書物へ目を落とした。
「しかし、効果がある薬は特定の一種類しかないとは……ああ、この毒を摂取後すぐに、他の解毒となる薬を与えると、かえって悪化すると書いてあるな。間違いない、これが最初の発作の正体ではないか?」

陸仙強の部屋を出たときは、もう夜もすっかり更けていた。
だがもしやと思った桂秋は、自分の部屋に戻る前に皇帝の寝室に向かってみた。

部屋から明かりは漏れていない。
「失礼いたします」
声をかけてからそっと扉を開け、中をうかがってみた。
すると、案の定皇帝は起きており、寝台の端に腰を下ろして脚を組んでいた。

明かりのない部屋に、ただ窓から月の光だけが差し込んできている。
その中で、何か考え事をしていたようだった。

「なんだ、まだ寝てなかったのか」
「……そのお言葉を、そっくりそのままお返しいたします」
そう答えると皇帝は笑った。
そして桂秋が扉を閉めて中に入ってくるのを目で追った。

「早くお休みに。考え事は明日になさってくださいませ」
「はいはい。だがおまえこそこんな時間まで起きていたということは、ずっと本を読んでいたんだろう?何かわかったのか」
桂秋は傍らに立つと、一つうなずいた。
「曜和さまの体調不良の原因は、機州にしかない毒草でございました」

書庫にあった本にその記述があったこと、陸仙強がこれで間違いないと言ったことを桂秋は話した。
「明日、先生から詳しくご説明があるかと思いますが、解毒の効果のある薬草もまた機州にしか生えていないそうなんです。もう手配は済ませましたが、機州までは早馬でも片道五日はかかりますから…」
「そうだな。わかった」
皇帝は静かにうなずいた。
「解決までにお時間がかかってしまったことを、陸先生は嘆いておいででした。本当に、いたずらに曜和さまのお体を苦しめてしまって…」
「いや、いいんだ。そうか…」
皇帝は深く息をつくと、そこで桂秋を見やった。
「原因がわかったのに、なぜおまえはそんなに浮かない顔をしている?」
「……」

確かに、直接の原因はわかった。
薬草さえ手に入れば、体調も徐々に快方に向かうだろう。

だが、誰がこの毒を使ったのか。
状況としては宋紅芭の周辺がきわめて怪しいが、何の証拠もないのだ。

証拠も動機も。

「いったい、誰がこんなことを…」
「仕方がない、恨む者がいるということだ。犯人が誰かということとは別に、このことに関しては仕方がないと思う」
「なぜ曜和さまを恨むんですか。どうして…。曜和さまは、先帝の恨みも引き継がねばならないとおっしゃいますが、そんな必要はまったくございません。たとえどんなに先帝を恨んで憎んだとしても、それは曜和さまには関係のないことでございます」
「関係ないとは考えない者もいるだろう。そういう者の感情は受け止めねばなるまい」
「でも、それで曜和さまがこんなにお苦しみになるなんて。お体も、お心も、こんなに苦しまねばならないなんて」
すると皇帝はほほ笑んだのだ。
「心はもう十分。おまえがこんなに心配して気づかってくれること、それで十分に癒されている」
「……」
「体だって。そういうことならもう大丈夫。だから」
皇帝は、目の前の桂秋の手を取った。
「そんな顔をするな」
「……」
「犯人もきちんと探し出す。おまえにこんな顔をさせるようなやつは、早く見つけないと」
そう言われても顔を曇らせたままの桂秋に、皇帝は改めて笑いかけた。
「とにかく今夜はもう寝なさい、俺も寝るから。俺が寝ないとおまえも寝ないだろう」
その言葉には、桂秋もうなずいた。
「そうだろう……ああそうだ、わかった」
突然そう言った皇帝は、桂秋の手を自分のほうに引き寄せた。
「曜和さま?」
「じゃあここで一緒に寝よう」
「……え?」

一瞬の後、桂秋は思わず皇帝の手を振り払うと、暗がりでもわかるくらい耳まで真っ赤に染めた。
「け、結構でございます!」
皇帝は肩を震わせて笑い始めた。
「何にもしやしないって」
「そういう問題ではございません!ご遠慮申し上げます!」
「そうか、残念だな…」
皇帝は笑いながら立ち上がった。
そして桂秋の背を押すと、扉のほうに向かった。
「ならなんでもいいからとにかく寝なさい」
そして桂秋のために扉を開けてやると、最後に桂秋の髪をなでながらほほ笑みかけた。
「また明日」
「……」

あんなことを言ったのは、自分を元気付けるためであったことはすぐに桂秋にもわかった。
桂秋がほほ笑むと、皇帝も安心したようにうなずいた。


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