月下のぬくもり 二十二 その夜、皇帝は寝る間際まで桂秋をそばに置いていた。 桂秋をそばに置き、別に何をするでもなく、ただずっと他愛のない話をしていただけだった。 桂秋が早く寝ろ早く寝ろというと、着替えて寝室に向かいはするがそこでまた呼び寄せて、寝台に起き上がったまま、とりとめなく話し続ける。 離宮の話を桂秋に聞かせ、今度一緒に行こうという。 「そんなに素敵なところでしたら、ぜひ行ってみたいものでございます。曜和さまがお元気になったらお連れください。お供させていただきます」 「おまえはすぐにそう言う。じゃあ元気にならないと何もできないじゃないか」 「そういうことでございます」 桂秋が笑いながら答えると、皇帝も笑う。 「もう元気だ、大丈夫。明日にでも行ける」 「ご無理をなさってはいけません。第一、どれくらいかかるんですか?」 「すぐだ。馬だと半日くらい」 「半日も馬に乗るなんていけません」 「じゃあ馬車だ」 「馬車でも同じです。半日も揺られるなんて」 「それじゃ何もできないじゃないか」 「できます。早くお休みになることです」 「寝ることか…」 皇帝は笑って、なおも話しかける。 「曜和さま、今夜はもうお休みくださいませ」 「おまえがそばにいてくれるなら寝る」 その言葉に桂秋は一瞬驚いたが、すぐにうなずいた。 「わかりました。眠るまでおそばにおりますから」 桂秋がそう答えると、皇帝はさもおかしそうに笑った。 「曜和さま?」 「忘れていた。俺はそばに人がいると眠れないんだった」 「……では下がりましょうか?」 「いや、いい。……寝るときくらい、一人にしておいてほしいと思っていたんだが」 確かに、日中は多くの人間に囲まれている。 なかなか気も休まらないのだろう。 皇帝は横になりはしたが目は閉じず、桂秋が明かりを吹き消す様子をじっと見つめている。 「曜和さま、早くお休みください」 「はいはい」 そこでようやく目は閉じたが、すぐにまた笑い出した。 「俺はきっと、おまえの父親に恨まれるだろうな」 「?」 楽しそうな笑顔でそう言い出したことに、桂秋は首をかしげた。 「おまえをこんなに独り占めしてしまって」 「……そうでしょうか」 そういうことかと、桂秋もほほ笑んだ。 自分は、それでまったく構わないのに。 「他ならぬ曜和さまのためなのですから、そんなことはないかと思いますが」 「いやあ…」 皇帝は、笑いながらそこで口を閉じてしまった。 その笑顔を見つめながら、桂秋は一人で考えていた。 離宮なんて。 本当に連れて行ってもらえるのであれば、いつでも一緒に行きたいけれど。 皇帝の体はきっと治るだろう。陸仙強が治してみせるはずだ。 ただ、その体が治ったとき、自分はここにいられるのだろうか。 就寝するまでそばについていた桂秋が陸仙強のもとに向かうと、彼は書物の山に囲まれていた。 桂秋の話していた書物は書庫で無事に見つかったが、全十巻だという。 桂秋もその一部を借りてきて自分でも読み始めた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |