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月下のぬくもり
二十
父親にそう言われたこともあり、桂秋は二、三日どころかその日の夕方には宮中に舞い戻った。
すると、皇帝の部屋の周囲がざわついているのだ。
側近の一人が、桂秋を見つけて慌てて駆け寄ってきた。
「ああ桂秋さま、お戻りでございますか?ようございました」
「どうかなさったんですか?」
側近は声をひそめた。
「先程、陛下のご体調がまた急に…。ですが、桂秋さまには絶対に知らせるなとおっしゃるんです。帰ってきてしまうからと」
「……」
「いま陸先生が診ておいでです」

部屋に入ってゆくと、皇帝は長椅子に横たわっていた。
周囲には陸仙強の他に数人がいて、心配そうに取り囲んでいる。
壁には、先帝の描いた山水画が飾られている。

桂秋が入ってきたことに気付くと、陸仙強以外の人間は退いて、桂秋を長椅子のそばに近づかせた。
「先生…」
「いま薬を飲んでいただいたところだ」
皇帝の目は、今は閉じられている。
苦しそうな息づかいだが、顔には徐々に赤みが戻りつつある。
陸仙強が脈を取っているのと反対側の手にそっと触れてみると、それは氷のように冷たかった。
昨夜と同じだ。
額には脂汗がにじんでいる。
その様子はとてもつらそうで、見ている桂秋まで息苦しくなる。

しかし見守っていると、息づかいも穏やかになる。
つらそうにゆがめられた顔から余計な力が抜けていく。
そしてやがて、そっと目を開けた。
「曜和さま」
陸仙強が声をかける。
「ご気分はいかがでございますか?」
「……」
皇帝は、一瞬視線をさまよわせたあと、すぐに桂秋に視点を合わせた。
「なんだ、帰ってきてしまったのか…」
「つい今しがた戻ってまいりました。そうしましたら、ちょうど…」
「嫌な予感でもしたか」
皇帝が笑おうとしたのはわかったが、表情に力が入らないのもわかった。
「曜和さま…」

陸仙強が、脈を取るのをいったん止めた。
「ひとまずは大丈夫でございましょう。しばらくはこのままお休みに。桂秋、ついていてさしあげなさい。わしは隣にいるから」
「はい」
陸仙強が、そばにいた人を引き連れて外に出て行くと、桂秋は傍らにひざまずいて皇帝の手を取った。
その手は、今はもうあたたかい。


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