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月下のぬくもり
十九
自宅に戻ると、母親が出迎えてくれた。
「さっき、これから帰るという連絡があって、お父さまと今か今かと待っていたのよ」
「連絡?」
「ええ。昨日もあったのだけど、なかなか帰ってこなくて心配していたら、夜になって今夜は帰れなくなったと」
宮中から連絡があったというのだ。

宮中といっても、この指示を出したのは皇帝本人だろう。

「陛下の具合はそんなにおよろしくないの?あなたが急に帰れなくなったというのは、そういうことでは」
「ええ、ゆうべちょっと…。今日は、いまのところ大丈夫なんですけど」
「そうなの、それならいいのだけど」
「お父さまは?」
「ええ、蘇朔先生のおかげでお元気にしていらっしゃるわ」

母親と一緒に向かうと、父親は寝台に起き上がって書き物をしていたところだった。
「ただいま戻りました」
「ああお帰り。陛下の具合はどうなんだね」
「それが、あまり思わしくなくて…。ただ、それでもお父さまにはくれぐれもよろしくとおっしゃっておりました。それと、すまないことをしたとおっしゃって……」
父親は首を振った。
「今の陛下がそんなことをお気になさる必要はない。そんなことを気になさっておいでだから、ご体調もすぐれないのだ。もう済んだことだ。陛下は現在立派に国を治めていらっしゃる、それでよいのだ」
桂秋もうなずいた。
「お父さまの体調もお気づかいいただきました」
「お気づかいはありがたくちょうだいするが、お気になさらぬよう、おまえから伝えておいてくれ」
「はい。そうだお父さま、用州の宋家といえば名門なんですか?」
「用州の?ああ、それがどうかしたのか?」

皇帝の体調不良はどうやら毒物のせいであること、後宮に用州の出の宋紅芭という女性がいること、決して疑うわけではないが、その女性のもとを訪れた後に体調がおかしくなったことなど、桂秋は両親に話して聞かせた。

「まあ、そんなことが?そんな大それたこと…」
母親が、信じられないと目を丸くした。
「そもそもなぜそんなことを」
一方で、父親は言った。
「まあ、筋違いの恨みを陛下に対して抱いている者はいるかもしれない。先の陛下のせいで、つらい目に遭った者は大勢いる。先の陛下が崩御なさってしまい、恨みの矛先を今の陛下に変えたのだろう。まったく筋違いではあるが。
ああそれで、その宋紅芭さま。確かに昔、用州におったとき、宋家の縁続きに美しい娘がいて、周囲はいずれその娘を後宮に入れたがっている…という話は聞いたことがあったな。ではそれが、きっとその方なんだろう」
「本家のご養女となって後宮に上がられたそうです」
「その美しい娘というのは、当時父親は用州の州都の役人だったと聞いたな。名前まではわからないが、ただ、娘をとてもかわいがって大切にしているという話は聞いた。掌中の珠のごとくいつくしんでいたとな」
「お役人…」
「それよりおまえ、機州だ。機州には珍しい薬草がたくさんあるそうなんだが、世間にはあまり知られていないとか。それらの中に陛下のお役に立つものがあるかもしれん」
「機州…?」

機州とは、桂秋の父親が流されていた土地だ。
都からは遠く遠く離れている。
その土地は独特で、他の土地には生えない草木が多く生じており、中には薬効のあるものも多いそうだった。

「それをまとめた著作があるんだ。現地ではよく見た書物だが、都では手に入りづらいようだ。しかし宮中の書庫にはあるだろう、探してみるといい。いい薬草があることを願っている」
「はい、探してみます。ですがとにかく曜和さまご自身が、あまりご自分の体調に関心がおありでなくて…。治そうと思っていらっしゃらないみたいなんです」
「なぜまたそんなことが?」
「他に優先させることがあればそちらが先だと……。それに毒のお話を申し上げても、仕方がないとおっしゃるんです。ご自分は先の陛下から位を受け継いだときに、恨みも受け継いだ、だから誰かがご自分を恨んでいるとしたら、それをも甘んじて受け入れるべきだと……」
すると父親は、難しい顔をして首を横に振った。
「そんなことがあるものか。その件はあくまで先帝のなさったことであって、今の陛下には何の関わりもない。
そもそも、恨みを受け継ぐだのなんだのという覚悟をなさるお暇があるのだったら、今しっかりとこの世を治めていただきたい。そのためには、お体をしっかりと治すべきだ。
恨みを甘受なさったあげく、座して死を待つとでもおっしゃるのか?むしろ、そんな楽なことは許されない。しっかりとお体を治していただいて、様々な難題に逃げずに立ち向かっていかれるべきだ。それこそが、悲憤慷慨しつつ死んでいった者たちへの慰めにもなろう。
それでもなお、率先して恨みを買おうとおっしゃるのであれば、ますますご健康を保っていただかねば。この世からお隠れになっては、恨むこともできんではないか」
「……」
「わしがそう申し上げていたと、おまえから伝えておくれ」


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