月下のぬくもり 十六 「曜和さま、起き上がれますか?」 「ああ…?」 「お休みになる前に、少しだけでも」 桂秋は立ち上がると、窓辺に椅子を用意し、窓を開けた。 ひんやりとした空気とともに、白い光がさあっと差し込んでくる。 桂秋が寝台に戻ると、皇帝は笑いながら体を起こした。 「許可が下りたか。ではぜひ」 「少しだけでございますよ」 桂秋が見守る中、皇帝は寝台から降りた。 ふらつくようであれば手を貸そうと桂秋は隣で身構えていたが、もうそこまでではないようで、皇帝は一人で窓辺に向かうと椅子に腰を下ろした。 「お寒くございませんか?」 「ああ、大丈夫」 皇帝の隣で、桂秋も月を見上げた。 今夜の月は、確かに美しかった。 先程よりも高くのぼった月は、一層白さを増したようにも見える。 「きれいな月でございますね。今夜はひときわ美しいようでございます」 桂秋の言葉に、皇帝は笑った。 「さっきもそう言えばよかったのに。一人で観賞してもつまらなかった」 桂秋は顔をしかめてみせた。 「あのときは急いでおりましたでしょう。悠長に月を眺めているような場合ではございませんでした」 「それはそうだな」 「確かに曜和さまのおっしゃり通り、今夜は影が濃くて…影も美しいですね」 「そうだろう」 皇帝は笑顔でうなずく。 そしてしばらくじっと月を見つめていた。 月と、そして隣に立っている桂秋の手を。 だが夜風は時が進むにつれて冷たくなり、それが体にさわるのではと心配した桂秋は、頃合いを見計らって窓を閉めてしまった。 「さあ、今夜はここまででございます。もうお休みくださいませ」 「せっかくきれいな月だったのに」 「体調がよくおなりになったら、思う存分ご観賞になってください」 「よくならないと、おまえとは悠長に月も眺められないのか」 「さようでございます」 桂秋が澄ましてそう答えると皇帝は笑った。 「おまえは厳しいな」 そう言いつつ、自ら立ち上がるとそれ以上何も言わずに寝台に戻り、元の通り横になった。 そして、満足そうなほほ笑みを浮かべながら目を閉じた。 「でも、少しの間でも楽しかった。確かによく眠れそうだ」 「ゆっくりお休みくださいませ。また明朝に参ります」 皇帝の後からついて戻った桂秋は、寝具の外に出ていた皇帝の手をとると、そっと中におさめた。 その手は今はあたたかい。 それをしっかり確認して、桂秋は部屋を辞そうとした。 だが手を離そうとすると、今度皇帝がその手をつかんだのだ。 桂秋は一瞬驚いたが、皇帝はそれきり何も言わず何もせず、目も閉じたままだ。 それならと桂秋は、反対の手で改めて皇帝の手をとると、上からそっと押さえた。 「おやすみなさいませ」 桂秋がそういってほほ笑むと、まるでそれを見ているかのように、皇帝の顔にもやわらかなほほ笑みが浮かんだ。 そのままどれくらいそうしていただろうか。 ふっと皇帝の手の力がゆるんだ。 かと思うと、静かな寝息が聞こえてきたのだ。 桂秋は、最後に手をもう一度包みこむように握り締めると、起こさないよう静かに部屋を出た。 [*前へ][次へ#] [戻る] |