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CrossRoad
転校

目の前に広がる世界が昨日とはまったく別のものに感じてしまう。


ふと視線を上にずらす。

前も、後ろさえも無限に続くこの上なく青く澄みきった空――。


思わず手をかざすくらいに輝いて見える。


「またリセットか……。」


思わず声に出る。物心ついてこれで5回目の新しい町。大分県ってのは初めて来たな。


親の仕事の都合――


慣れた…といっても始めはやっぱり不安の方が大きい。

それと同じに、新しい場所は何か突拍子もない出来事を運んできてくれそうな期待感も混ざって、胸の奥の鼓動をいつもより早く感じさせる。


かざした手を下ろしおもむろに歩き出す。


右目には水田が、左目には桜の並木が道に沿って続いているのが写し出される。


新しい通学路――。


家を出てすぐにこんな綺麗な場所があるのはいいよな…。


風に揺られ花びらが目の前を横切る光景を綺麗と思えるのはこの季節特有のものだろう。


首元の苦しさを軽くする為学生服のホックをはずす。


それだけじゃない。


これから先に待っている入学式や同じ学校に通う仲間との初対面、色々なものから少しでも開放されたかったのもあるかもしれない。



「帰りに校門で写真撮って帰ろうね。」

ふいに何かに頭をたたかれたかのように急に母親の声が耳に飛び込んで来た。


そういえばまだ4歳の妹を連れて俺の後ろを歩いてたんだっけ。


少し坂になっている校門前にいつの間にか着いていた。


『玖珠町立森垣中学校』


通り過ぎるかたわら横目で見ながら、

「わかったよ。親は体育館だろ?もういいからさっさといきなよ。俺はクラス発表見てくるから。」


中学生にもなると親と一緒はなんか恥ずかしい。


少しきつかったかな、と思いながら足早にクラス発表を見にいった。


向かう先に人垣が見える。みんなは小学校からの持ち上がりだから知り合いばっかりのはず。


やっぱり不安だな……。

だけどクラスの確認はしないとこれから何処にいくかも分からない。


張り出してある紙に少し遠目から自分の名前を探す。


『1―1 18 永里 千晴』


「あった…。1―1か。」

吐息と一緒に出た聞こえるか聞こえないかの声。


その他に見える40くらいある名前はどうでもいい。知り合いなんて1人もいないんだから。


【クラスに集合】とあったので、奥の下駄箱で上履きに履き変えて2階にある1―1のクラスを目差す。


教室の前で一つ軽い深呼吸。ここに来るまでにも突き刺さるような視線が痛かった。

知らない人に向けられる好奇心の視線――。


いつもの転校とは違う。改めて実感する。


先生に連れられクラスみんなの前に立ち自己紹介――。

なんて楽なんだ。思わず溜め息が出る。


「転校生だろう?見た事ないし。はいはい中入る。」

急に背中を押されて心臓が飛び出てくるかと思うくらいびっくりした。


正直このタイミングで声をかけられるとは思ってもみなかった。


ずかずか教室に押し込まれる。

「俺、平田。平田靖斗(ひらたやすと)。話しかけたの俺1番か?」


振り返ると目線が上にむく。でかいな…。


「あ…、ああ…。平田君が1番。俺は永里千晴。入学だから転校とは違うけど福岡から引っ越してきた。」


肩を思いっきりバシバシッと叩いて、

「この学年、2クラスしかないからな。みんな持ち上がりで全員顔なじみ。なんか転校してくる奴がいるって話があったからな。んでさっそく見つけたって訳だ。同じクラスだし、よろしくな。」


強引でしかも馬鹿でかい声――。


でも肩の力が抜けて正直救われた。

「こっちこそ、よろしく。」


自然とほほの筋肉が緩む。

安堵感が伝わったのか、平田の人柄がそうさせるのか、平田も笑顔を返してきた。


「とりあえずカバン置こうぜ。永里君は俺の前の席。俺、19番。」

今度は、にっと笑って机に貼ってある名前の紙を指さした。


驚いた――。


初めて話した奴が近く、それも後ろの席になるなんて……。

教室に入る前とはうって変わって、さっきまでの不安はなんだったのか、と問いたくなる。


「よかった。誰も知らないから色々不安だったんだ。でもまさか席も前後で一緒になるとはね。」


「ははっ。」

またまたおっきな声をあげながら笑った。


「俺転校なんてしたことないから分かんねーけど、誰も知らない中に飛び込むのはいい気しねーよな。大丈夫。すぐみんなと仲良くなるって。」


声も態度も身体もでかい。


周りをみわたしても平田と同じくらいなのは1人しかいない。


「俺は中原聡也(なかはらそうや)。よろしくね。」

キョロキョロしていたら前の席に座っている俺よりも小柄な奴が高い声で喋りかけてきた。


「こっちこそよろしく。永里だよ。」

自然に笑みがこぼれる。

何とかここでもうまくやっていけそうかな…。


「なっ。すぐだよすぐ。」

平田が得意気になって言うのがおかしかった。


入学式の時間が迫ってきたからか、いつの間にかほとんどの生徒が集まっていた。


ちょこちょここっちの方を見てるのかな?って視線は気になったが、新たに知り合った、友達と呼びたい奴らと話をしたい気持ちの方が強かったので気にしない事にした。



急に前の扉が開き、先生らしき人が入ってきた。

みんな席に付き、誰も声を出すことなく先生らしき人の第一声に注目している。


『本田康子(ほんだやすこ)』

黒板に書いて振り返り、簡単な自己紹介をすませると生徒を廊下にならばせた。


本田先生という人が俺の担任らしい。


これから入学式が始まるという事で列になって体育館へ向かう。


体育館まではみんな好き勝手に喋り続けた。

新しい校舎とこれから始まる中学という今までにない世界に、心底喜び、話題が絶える事はない。


ただそれも長くは続かなかった。


「はい。みんな静かに。これから入場です。私の後に続いて入って来て下さい。」

先生の一声で静まりかえる。


「ちょっと緊張するよな?」

小声で後ろから平田が囁く。

「うん。」

確かに少し緊張する。言葉が少なめで途切れたのもそのせいかもしれない。


「新入生入場。」


次の瞬間、扉が開いてごくりと唾を飲みこむのと同時に眩しい中に足を踏み入れていた―――――。



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あきゅろす。
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